この本から知ったことと感じたことについて、前回の続きです。
3.アフリカで貧困が続く主な原因は、「疫病」と「世界市場からの遠さ」にある
世界の他の貧しかった地域がぼちぼちと(あるいは急速に)経済成長しているのに、アフリカの大部分の国は貧しいままです。これはなぜなんでしょう?世間でよく言われているのは、「かつての植民地支配時代の悪影響が今も残っている」「政府が腐敗しているから支援が有効に活用されていない」といったところだと思います。
個人的には、前者には大いに納得します。特に、植民地時代のひどい搾取・労働環境や差別政策(ルワンダで、あいまいだった民族の区分けをわざわざ明確にし支配しやすくしたことなど)、カカオならカカオばかりを作らせられたため産業が単一化してしまいその後の発展に影響を及ぼした点などは今も影響が大きいように感じています。また、後者についても、ボカサとかアミンの話を読むとそうかも、なんて思います。
しかしサックス氏は言います。搾取されても経済成長した国もあるし、アフリカではそれほど腐敗していない国も経済成長していない、と。前者についてはヴェトナムがそうだし、後者については、トランスペアレンシー・インターナショナルの2004年の調査結果を提示しています。それによると、インドの汚染認知度(数字が高いほど腐敗している)と経済成長率は83、3.5%。バングラディシュは133、2.0%。ところがガーナは70、0.3%、マリは78、-0.5%。政府の腐敗度と経済成長の関係はアフリカとアジアでかなり異なるというわけです。
ではアフリカの貧困の真の理由は?サックス氏によれば、まずは疫病。アフリカではマラリアが蔓延し、エイズは大人の多くを死に至らしめます。これでは労働力の安定供給や様々なノウハウの伝授も困難になります。マラリアはともかく、なぜアフリカにエイズがこんなに広がっているのかについては、サックス氏も「わからない」としていますが(ここが知りたいんだけどなあ→山形浩生さんのブログに興味深い説が紹介されていました)。
そして「世界市場からの距離の遠さ」。ほとんどのアフリカ人は農村に住んでいる上、作ったものを市場に出すためのインフラが極度に不足しています。道路がない、車がない、都市まで遠い。私も最近国連難民高等弁務官事務所のニュースで知ったのですが、フランスとドイツを合わせたよりも大きいスーダン南部には、舗装された道路が14kmしかないそうです。海のない国も15カ国と、大陸中最多。なので海外にものを売るのにかなりのコストがかかる。このようにマーケットに参加しにくくては経済成長にも参加しにくい、というわけですね。
このような、「結局は地理的要因が決め手になっている」という考え方は、「銃・病原菌・鉄」の愛読者である私としては納得がいきやすいものでした。
4.中国とソ連・東欧の経済開放政策があんなに違う結果になったことには理由がある
この本の面白いところは、(私にとって)新しくユニークな情報・理論だけではなく、著者ジェフリー・サックス氏自身のとったアクションをドキュメンタリー感覚で読めるところにもあります。具体的に言えば、彼がいろんな国の経済政策の顧問としてその国の経済をいかに上向かせるか悪戦苦闘した記録が綴られているというところです。
ボリビアやポーランドでは一応経済成長を実現させた彼ですが、ソ連ではそれがうまくいきませんでした(そのことも率直に綴られていて好感が持てます)。そこで書かれていたことがこの疑問に対する回答です。同じ社会主義国家だった中国とソ連・東欧が経済開放した結果、なぜあんなにも違う結果になったのか?中国は劇的かつ安定した経済成長を実現したものの、ソ連と東欧は低成長にあえいでいます。これも個人的に前から気になっていたことでした。
サックス氏によると、両者の相違点は以下の5つ。なるほど、と納得できました。
・ソビエトと東欧の経済は多額の海外債務を抱えていたが、中国にはそれがなかった。
・中国には長い海岸線があり、それが輸出主導の経済発展の支えになった。ところがソ連と東欧には長い海岸線がなく、したがって国際貿易に低コストでアクセスできるという利点もなかった。
・中国には、海外在住の中国人コミュニティという協力者があった。彼らは海外投資家の役割を果たし、ロールモデルにもなった。一方、ソ連と東欧は一般に、海外在住のコミュニティをもたなかった。
・ソ逓は改革のスタート時点で、石油生産が急激に落ちこむという経験を味わったが、中国はそんな経験がなかった。
・ソ連はすでに産業化への進をかなりのところまで進めていて、西側(アメリカ、EU、日本)と互換性のないテクノロジーを導入していた。しかし、中国はテクノロジーでは低レベルに留まっていたので、西洋の機械やプロセスを容易に導入できた
ソ連がある程度産業化を進めていたことが足かせになっていたなんて皮肉に思います。ちなみに話はずれますが、個人的に、スターリンのやったほとんど唯一の「ましなこと」がソ連工業化の推進くらいだと思っていたのですが、それすら最終的には国家にマイナスになっていたとなると、スターリンって一体・・・
5.極度の貧困をなくすには、高所得世界がGNPの0.7%を支援すればよい
では、世界から「極度の貧困」(すべての貧困、ではなく)をなくすにはどうすればいいのでしょう。ここでもサックス氏の回答は明解です。高所得世界がGNPの0.7%を支援すればよいとのこと*1。これを2015年まで続ければ、あとは出すべき金額も減っていくそうです。
いくら足りないのか?GNPの0.7%に対して圧倒的に足りていないのはアメリカで約380億ドル。日本は130億ドルで、国民一人あたり100ドルちょっとですね。これについて、サックス氏はアメリカの超大金持ちへの課税などを提案しています。
少し話はずれますが、この本では、「極度の貧困をなくすため、一人一人ができることからはじめよう」とは一切書かれていません。むしろ政府を動かし、上記のような支援を行わせるべきだと説いています。現実的な解決策を考えると、ことほど左様に政治の力って甚大なんだなと改めて思い知らされた次第です。
この本のもつ力
いろいろ書きましたが、この本を読んで一番印象に残ったのは、個人的にもその理不尽さがずっと心にひっかかっていた「極度の貧困」が、実は解決可能な問題なのだと静かなオプティミズムをもって提示してくれたことです。サックス氏が提唱するように、後世「私たちの世代は極度の貧困を終わらせた」と胸を張れるようになれるといいな。
そう思って、まずはささやかながら「行動」を起こしてみました。次は政治をしっかりウォッチして、それを投票なり署名なりに結びつけていくことかな。まだまだ自分自身や家族のことすら覚束ない自分ではありますが、この理不尽な問題には少しずつでもコミットしていきたいという思いが強まりました。そんな力を持った本でした。
*1:もちろん、その後の開発プログラムをいかに効果的に行うか、という点も重要ですが、とりあえずここではお金の話に絞ります。ちなみに投資すべきポイントは、道路、電力、輸送、土壌、飲料水と衛生設備、疾病対策だそうです。