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夏目漱石「私の個人主義」

私の個人主義 (講談社学術文庫 271)

■ご紹介下さった方
みんさん


■紹介メッセージ
「薄い小冊子に(特に初期)漱石の社会への主張のエッセンスがつまっている、実にコスト・パフォーマンスの高い(^^;)一冊です。」


■管理人の感想
明治44年〜大正3年に語られた5つの講演をまとめた本。特に印象に残ったのは2編。「道楽と職業」と「私の個人主義」です。

「道楽と職業」では、まず職業について次のように書かれています。職業は多少なりとも「一般社会が本尊」となるものだが、科学者、哲学者、芸術家だけは自己本位でないとやっていけない。特に「己の無い芸術家はせみのぬけがら同然」だと。これは常々個人的に感じていたことでもあったので、非常に共感しました。

そして、漱石は世の中が発展するにつれ、職業が専門的になりすぎ、「お隣のことが皆目わからなくなってしまう」という問題点を指摘しています。これも、現代社会にもそのまま当てはめることができる観点だと思います。

「私の個人主義」では、まず漱石自身の経験が語られています。英文学を専攻した後、「文学は解らずじまい」で、あやふやな態度で教師になったが落ち着かず、イギリスに留学しても「鈍痛」は消えなかった。しかし「文学とはどんなものであるかその概念を根本的に自力で作り上げるより外に、私を救う道はない」と悟ったとき、つまり自己本位に目覚めたとき、「不安は全く消え」たとのことです。この体験をもって「自己は主、他は賓であるという信念」の大切さを説く部分には感銘を受けました。

さらに漱石は、その「自己を主とする個性」を持つには他人の個性を尊重することが必要になってくることも忘れてはいません。

これらの言葉は、現代でもよく語られるものではあります。しかし、漱石自身の経験に根ざしていることと、100年近く前に既に指摘されていることだという点で、凡百のエッセイより私たちに説得力を持ち、力を与えてくれるものではないかと思います。その意味でも、コストパフォーマンスは確かに高いですね。


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