昨日のライブとその後の飲み会で初日から燃え尽きそうになった私。なので、この日目覚めたとき、ライブがないことがとてもありがたく感じられました。ライブがなくてありがたいなんて、おかしな話なのですが。
そんな体調なので午前中まで水道橋のホテルで休み、昼食をとった後、ポールの宿泊するホテルに向かいました。
ロビーに行くと、やはりファンらしき人が数名。でもロビーでポールを待つのはやめにしました。このホテルのロビーはそんなに広くなく、あまりここに長居すると迷惑になりそうなのと、昨日ポールはここを通らずに車に乗ってドームに向かったようだったので。ここではポールを見るのが難しそうな気がしたのです。
となると、他にポールに会えそうな場所となると入口か出口のそばの道路になるのかなと思い、歩道(公道)まで出てそこで待ちました。
ブライアン・レイ
すると、見知らぬ青年から声をかけられました。「あの、マッカートニーの関係ですよね?」そうですよと応え、しばし雑談。
追っかけって、こういう会話ができるのも楽しみの一つ。9年前にもこんなことがあったな、なんて懐かしく感じながら話していると、ブライアン・レイが外国人の男性一人を連れて歩いてくるではありませんか。歩いて出てくるとは驚きです。ブライアンは、青年TさんがDriving RainのCDにサインを求めると笑顔で応じていました。私は、サインしてもらうものを一人分(ポール用)しか持っていなかったこともあり(いつもこんな調子)、サインはあきらめ、声をかけました。「(主にベースを弾いているあなたですが)ギタープレイもファンタスティックでしたよ」と言うと、「ほんと?Thank you!アリガトウ」と丁寧に返してくれました。ウィックス同様、いい人だ。12時40分頃の出来事でした。
その10分後、ポール来日時には必ず警備を依頼される人、Iさんが駐車場に現れました。93年の来日直後、テレビ番組「迫ってGABURI」でも紹介されていた方です。青年Tさんもこの人のことはご存じで、「この人が来たということはひょっとしてポールが出てくるのも近いのかな?」とにわかに緊張が高まります。
そうこうしているうちに、14時に。昨日ドームで一緒に応援し、「赤シャツ隊」でも一緒のMさんとKさんがやってきました。Mさん曰く「もうポールは12時頃出ていったって話よ」とのこと。うーん、ということは警備のIさんはポールを送り届けて戻ってきたってことなのかなあ。でもたしかに、ポールが出てきそうな気配もない。それにずっと立っていて疲れてきた。ということでラウンジへ。ゆったりとお茶を楽しみました。途中、最近ネットで知り合ったPさんも合流しました。
16時過ぎ、そろそろポールも戻ってくるかもねってことでラウンジを出、ロビーの出口脇で待つことに。ほどなく、他のファンも集まってきて、ここはほとんど「同志」の立ち話会場と化してしまいました。93年のポールと95年のリンゴ(大阪)の追っかけで見かけた方と再会したり(実は同じ西宮市民だとわかりびっくり!)、仙台からお越しの女性、ビートルズ解散前からファンという女性など、ここでもいろんな方とお話しすることができました。
ヘザー
そんな中、突然、金髪の白人女性3人が現れ、さっそうと前を闊歩していきました。すると、Mさんがそのうちの一人に"Hello"と声をかけ、その女性は、"Hello!"と返しています。ん?Mさんが声をかけるってことは・・・すぐにMさんに確認すると「今のヘザーよ!ひょっとして気づかなかったの?」しまった・・・目の前を横に通り過ぎていったので、顔が見えなかったのでした。Mさんによると、生ヘザーはかなりきれいで、挨拶したときもすごくいい笑顔を見せてくれたそうです。いやはやポールのまわりの人々は感じのいい人ばっかりだ(と、この時は思ってました)。それにしてもヘザー、義足とは思えないしっかりした足取りだったなあ。17時25分頃の出来事でした。
その後、すっかり暗くなり、「それにしてもポール、ヘザーがいるのに戻ってこないのかな?そもそも一体どこに行ったんだ?」そんな話がファンの間で交わされるようになりました。もしものときのため、友人との映画の約束もキャンセルして待ち続けましたが、20時頃、あきらめて水道橋のホテルに戻ることにしました。
基本的に待っているだけだったのに不思議に短く感じた8時間はこうして終わりました。 (後で知ったのですが、ポールはこの日高尾山に出かけていたそうです。さて、ポールは高尾山にどんな足跡を残したのか? 1年後、ポールの立ち寄った御茶屋などを訪ねてみました。当ブログの↓をご覧下さい。)