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西洋人と東洋人のもののとらえ方はなぜ違うのか - リチャード・E・ニスベット「木を見る西洋人、森を見る東洋人」


西洋人と東洋人の物のとらえ方ってけっこう違うそうです。どんなふうに違うのでしょう?そして違いが生じる理由は何?

西洋人と東洋人の違い (1)魚の絵の実験


ミシガン州立大学のサイトから引用)

  • この絵を説明するとき、日本人は背景の無生物と他の物との関係についての回答がアメリカ人より約2倍多かった。
  • 説明の第一声で多かったパターン
    • 日本人(京都大学の学生)「池のようなところでした」
    • アメリカ人(ミシガン大学の学生)「大きな魚がいました。たぶんマスだと思います。それが左に向かって泳いでいきました」

(増田貴彦氏の研究から)

これ、なんかすごくわかります。個人的な感覚ですが、もし私が業務報告で上記のアメリカ人流の報告を受けたら「まずそれがどんなところだったか教えてもらえませんか」って言いそう。


西洋人と東洋人の違い (2)イラスト実験

「ニワトリ、草、牛」が描かれたイラストを見て、このうち二つを一緒にするとしたら?

  • アメリカ人の子ども「ニワトリと牛」・・・同じ動物だから(カテゴリーで分類)
  • 中国人の子ども「牛と草」・・・牛は草を食べるから(関係性で分類)

(ミシガン大学での、アラ・ノレンザヤンと著者を含めた共同研究から)

私はこれもやはり中国人の子どもの回答の方がしっくりきます。


西洋人と東洋人の違い (3)殺人犯の報道の仕方

1991年、アイオワ大学の中国人学生がある賞の選考レースに敗れ就職にも失敗した結果、指導教官他数名を射殺した。この事件について、

  • 大学新聞の報道・・・犯行学生個人の特性に焦点をあてた報道(性格上の欠点など)
  • 中国の新聞での報道・・・犯行学生の人間関係や環境に焦点をあてた報道(「指導教官とうまくいっていなかった」など)

同じ年、アメリカ人郵便配達人が郵便局を解雇された結果、以前働いていた郵便局に行き上司等数名を射殺した。この事件について、

  • ニューヨークタイムズの報道・・・「暴力による脅しを繰り返していた」「格闘技をこよなく愛していた」
  • 世界日報(よしてる注:韓国・統一教会の新聞)・・・「加害者は最近解雇されていた」「郵便局の上司とは仲が悪かった」

以上の結果を見ると、西洋人よりアジア人の方が対象の「関係性」に注目していることがわかります。なぜそんな差異が生じたのでしょうか。


違いが生じる理由:教育?

発達心理学者のアン・ファードナルドとヒロミ・モリカワは、生後6ヶ月、12ヶ月、19ヶ月の乳幼児をもつ日米の家庭を訪問し、おもちゃを使った母親と子どもの遊び方を観察:

  • アメリカ人の母親は対象物の名前を言う回数が日本の母親より2倍多い
    • 「これはクルマ。クルマを見てごらん。これ好きかな?かっこいい車輪がついているねえ」
  • 日本の母親は礼儀などの社会的な約束事を教える回数がアメリカの母親より2倍多い
    • 「ほら、ブーブーよ。はい、どうぞ。今度はお母さんにどうぞして。はい、ありがとう。」

なるほど、教育の違いが理由なのかもしれません。ではなぜ教育にそんな違いが出たのでしょう。


違いが生じる理由:言語?

  • 英語は「主語優位型」言語。
    • "It's raining."というだけでも主語が必要。
    • "He dropped it."
  • 日本語、中国語、韓国語は「話題優位型」言語。文のなかには、「話題」が占めるべき位置(一般には文頭)がある。
    • 「この場所でスキーをするとよい」
    • 「落ちた」

西洋人と東洋人の考え方の違いは、おおもとをたどれば言語の違い、かもしれないということですね。

では、バイリンガルはどうなるのでしょう。


ならばバイリンガルはどうなる?

  • (1)ヨーロッパ系アメリカ人
    • 英語でテストを受けた場合:関係に基づくグループ分けよりカテゴリーによるグループ分けを2倍多く行った
  • (2)中国・台湾人(学校の勉強以外で英語を使う機会はあまりない)
    • 中国語でテストを受けた場合:カテゴリーに基づくグループ分けより関係に基づくグループ分けを2倍多く行った
    • 英語でテストを受けた場合:関係に基づくグループ分けが中国語でテストを受けたときよりなくなった
  • (3)香港・シンガポール出身の中国人(「(2)中国・台湾人」より英語を多くの文脈で使用する)
    • 関係に基づくグループ分けの方が多いものの、その程度は(2)よりかなり弱かった

この結果を見る限りでは、西洋人と東洋人の物のとらえ方の違いは言語の違いにある、と言えそうに思います。

これは英語を勉強し始めてすぐに感じたことでもあります。こんなに基本思想が違う言語を長年使っていたら物のとらえ方はもちろんのこと思考回路や価値観まで変わってきそうだな、と。

そんなことはもちろん学問の世界でもずっと前から言われていて、サピア・ウォーフの仮説などはその典型だと思うのですが、これはあくまで「仮説」なんですよね。

ところがこの本で紹介されている実験結果は、著者曰く「一種類の心のプロセスを扱った一組の研究について論じているにすぎないので、これは極めて暫定的な回答としか言いようがない」と述べていものの、その「仮説」をしっかり補強するものじゃないかと思います。この仮説はずっと仮説のままなのかなと思っていたのですが、それを覆されつつあるのはうれしい誤算です。


関連メモ

言語関連


「日本人」論


日本人の意識調査


本のリスト


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