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多数を守るための少数の犠牲は許されるか -演劇「TERROR テロ」と国別無罪率

演劇の概要

2017年のドイツ。164人の乗客を乗せた旅客機がハイジャックされ、7万人の観客がいるスタジアムへ墜落しようとしたところ、ドイツ空軍のパイロットが上官の命令に背き旅客機を撃墜、旅客機の乗客乗員は全員死亡した。

登場人物はこのパイロット(被告人)、パイロットの上官、パイロットの弁護人、検察官、犠牲となった乗客の妻、裁判長の6名のみ(係員除く)。舞台も最初から最後まで法廷のみ。

このシンプルな舞台で、参審員つまり観客が実際に被告人の有罪・無罪を投票し、評決を下す。


感想

友人の誘いを受け、最初にこの演劇のストーリーを知ったとき、私はわりとすぐに有罪/無罪の判断がつきました。たしかに難しい問題だけど・・・、と。

しかし、この演劇はそれだけで終わらせるものではないに違いない、という期待もありました。

2018年2月17日、兵庫県立芸術文化センターへ。ふたを開けてみると、期待通りでした。演劇を観ている間、こんなに考えさせられたのは初めてでした。

脚本そのものに有罪側・無罪側のどちらかへの偏りはなかったと思います。そこに、橋爪功さん(弁護人)と神野三鈴さん(検察官)の両者がさすがの説得力でどんどんゆさぶりをかける。前田亜季さんも、きちんと拝見したのは「バトルロワイヤル」以来ですが、あの高校生役が思い出せないくらいの「30代の犠牲者遺族」(賛辞のつもりです)。そしてこの法廷を今井朋彦さん(裁判長)が見事な存在感でまとめ進行させていく。

ニュートラルかつ緻密な脚本を土台に、俳優の皆さんがパワーを存分に出し切っている迫力と説得力を浴びながら、頭の中は逡巡し続けていきます。

そして投票。
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私は、最初に出していた判断を、最終的には変更しました。ポイントとなったのは、スタジアムの観客を避難させられた可能性、乗客がハイジャック犯を取り押さえた可能性、そしてその可能性を判断することそのものの是非でした。しかし、自分の判断に確信が持てたわけではありませんでした。

投票結果が出ました。有罪311・無罪331。投票数が読み上げられたとき、客席からはどよめきが起こりました。

裁判長が無罪を宣告し、法廷つまり演劇は終了しました。

おそらく他にも有罪か無罪かをめぐって考えに考えた観客もたくさんいたのだと思います。そして結果は僅差だった。それでも、判決はひとつ。


国別無罪率とそこからわかったこと

この演劇は世界中で上演されています。そして公演地ごとの有罪・無罪率が公式サイトで公開されているので、それを国別にまとめ、無罪率の順に並べてみました。(2018年2月18日の記載内容をもとに作成。公演パンフレットでは上記以外の国・データも記載されています。)

  • イギリス 無罪率100%(全33公演):有罪 0 /無罪 33
  • イスラエル 無罪率100%(全2公演):有罪 0 /無罪 2
  • オーストリア 無罪率100%(全10公演):有罪 0 /無罪 10 
  • ドイツ 無罪率87%(全249公演):有罪 33 /無罪 215
  • デンマーク 無罪率85%(全26公演):有罪 4 /無罪 22 
  • 中国 無罪率40%(全5公演):有罪 3 /無罪 2
  • 日本 無罪率45%(全22公演):有罪 13 /無罪 9 ※2018年2月18日現在。2016年の朗読劇を含む。

これだけを見ると、「ヨーロッパは無罪率が高い」「アジアは有罪・無罪が拮抗している」「だから・・・」と言いたくなります。私もそうでした。

しかし、公演パンフレットによると、全世界の投票総数403,889のうち、個人単位の無罪率は61.5%なのです(2018年1月6日現在)。

これは「国別」と「個人別」では結果がまったく異なることを示しています。

「投票」という仕組みからすると当たり前のことなのですが、劇上演中に弁護側・検察側双方の訴えを聴き約2時間考え抜いた結果も、こうしてまとめあげられていき、それが結果となるということ。このことの重みを文字通り身体で学びました。

裏を返せば、これまでは投票という行為をする際にそれだけのエネルギーを投入していなかったということなのかもしれません。

演劇の内容そのものとは離れてしまいますが、この演劇を観終わってしばらくしてから最も強く残っているのはこのことです。


参考


関連メモ

上記では「国民性」という観点での国別比較をしませんでしたが、以下は「国民性」に関するメモを集めました。


興味深かった本のメモのまとめ。


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