庭を歩いてメモをとる

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ギャラクシアン→ギャラガ→ギャプラス展、テレビゲームとその時代展(立命館大学)

1984年の夏といえば、私は中学2年生で、ギャプラスをやり込んだ後ドルアーガの塔が出て、ジョージ・マイケルがケアレス・ウィスパーを歌っていた夏だなあと思い出すくらい、ナムコのゲームと音楽一色でした。

その35年後、2019年の夏。立命館大学ゲーム研究センターが、ゲームに関する研究の展示イベント「Ritsumeikan Game Week 特別展」を1日だけ一般公開してくれる、しかも「ギャラクシアン→ギャラガ→ギャプラス展」なるものも含まれていると知ったので、中学1年生でレトロゲーム好きの長男に声をかけると「行きたい!」。一緒に行くことにしました。

会場

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立命館大学衣笠キャンパス。


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一般公開対象展示が行われている創思館。ここにたどり着くまでに苦労しました・・・(詳細は*1に。)

この建物の2階のほぼワンフロアを使った展示が一般公開されています。まずは目当ての「ギャラクシアン→ギャラガ→ギャプラス展」へ。


ギャラクシアン→ギャラガ→ギャプラス展

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会場入り口。

歴代3ゲームの敵キャラをあしらったこのポスターに心が躍ります。


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展覧会概要。これは貴重。

私たちが到着したときには、バンダイナムコ研究所の兵藤岳史さんと元ナムコ(現・遊びと学び研究所)の岸本好弘さんの講演が残り10分と言うタイミングでした。

講演

急いで長男と会場に入ると、キャパ30人ほどの部屋はすでに廊下まで人が溢れている状態。その廊下の端っこでお話を伺うことになりました。

内容はすでに質疑応答モードに入っていて、講演者のお二人は聴衆の方々にゲーム業界の人なのかゲームが好きでここにこられたのかという質問をされていました。手の上がり方を見ると3~4割位がゲーム業界の人だったみたいです。確かにこのお二人の話なら同業者としては聞きたくなるだろうなと思います。

お二人はかなりサービス精神旺盛で、講演が終わった後も展示物を見ながらいろんな話をしてくださいました。

その中で長男も私も非常に印象に残ったのが、当時ナムコのゲームの画面表示で、1PLAYER側が"1UP"、2PLAYER側が"2UP"という表記になっていたのはなぜかと言う話。これは完全にATARIの影響なのだそうです。ATARIはそのような表記にしていた。当時のナムコはATARIの影響をすごく受けていたからそうした。ということなのだそうです。なお、この1UP表記の大もとはピンボールマシンなのだけど、なぜ1UPというのかというのはお二人にもわからないとのこと。

余談ですが、岸本さんはバラデュークのTシャツを着ていらっしゃいました。私は岸本さんの代表作であるプロ野球ファミリースタジアムはやらなかったので、岸本さんといえばKISSYつまりバラデュークという印象が強い。そんなわけでTシャツに勝手に感銘を受けていました。

「バラデューク、登場したときはまずBGMがほとんどなかったところに驚いたなあ」とか、「プレイヤーが実は女性でした、という結末はメトロイドに通じる、任天堂の名作の重要ポイントをナムコが先行していた例としてはパックランドとスーパーマリオブラザーズもそうだったな」とか、Tシャツ1枚で頭ぐるぐるが止まりません。

お話が一段落したところで、展示資料を拝見することにします。

(以下、ナムコの貴重な社内資料の写真が続きますが、兵藤さん曰く「どんどん写真に撮って、SNSなどにもアップしてもらって構いません」とのことでした。)

ギャラクシアン、ギャラガ

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ギャラクシアン企画書。

やはりスペースインベーダーをかなり意識していたことがわかります。でも企画書通り「インベーダーを超えた」作品になっているところがさすが。

兵藤さんは「当時のナムコはハードもすごかった、敵キャラが曲線移動するゲームを作りたいといえばハードの担当がはいわかりましたと言ってそういうハードを作ってくれた」とおっしゃていました。こういったプログラムとハードの両輪で成り立つという点でも、ビデオゲームは「総合芸術」だなあと感じます。


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ギャラガ企画書。V-7というのは「7番目のビデオゲーム」の意。

ギャラガのゲームデザインの1番の特徴である「トラクタービームに自機スペースシップを一旦さらわせておいて、後でそれを取り戻すことで自機がデュアルシップになる」という点が最初から盛り込まれていることがわかります。

次はシリーズ3作目のギャプラス。前述のとおり、個人的にリアルタイムでこのゲームの登場を体験しているので、このゲームの企画書を見たときが一番興奮しました。

ギャプラス

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ゲームタイトル案。こんなタイトル候補があったのか・・・


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ロケテストと当時のゲームのインカム(売上)比較表。

これが資料の中でもっとも印象に残ったものかもしれません。一覧表にあるゲーム名を見ると、当時のゲームセンターの光景が目に浮かぶようです。

表の最後にある「なんば」は、きっとかつてあった「難波CITYビッグキャロット」のことのはず。もちろん何度も行ったことがありますが、まさかこんな形であのお店と「再会」するとは・・・「大橋照子/斎藤洋美のラジオはアメリカン」の関西地区でのCMでも、「ゴジラ級のゲームセンター」として出てきてたなあ。


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正式発売前の対策

私はゲームが好きな割にはあまりうまくないほうでしたが、それでもギャプラスはある程度練習すればわりと簡単にスコアも伸ばせるし長時間プレイ可能なゲームでした。この資料によると、正式発売前に対策が施されていたようですので、もともとはもっと「長く遊べる」ゲームだったのですね。

これを見て思い出したのは、正式発売後、東京でギャプラスで1億点を達成したゲーマーのグループがいたという話です。マイコンBASICマガジンに載っていて、24時間以上かかったとも書いてあった記憶があります。これが実現できたのは、ゲームセンターの営業時間を深夜12時までとした新風営法が施行される前で、かつ、ゲームセンターの協力があってこそ。まさに、当時でしかなしえないエピソードですね。

田尻智さんの「パックランドでつかまえて」にもこのエピソードが含まれていた気がします。

パンフレット

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パンフレット

これ500円だったのですが、完全に採算度外視だと思います。実際スタッフの方もそうおっしゃっていた。主な企画書の写真と3ゲームのそれぞれの開発者へのインタビューで構成されています。読みごたえもあり、資料としての価値もあり、デザインもこの3ゲームの世界へのリスペクトを感じられます。全て英文併記なのもさすが。

ゲーム開発資料アーカイブの意味とアーカイブ可能性の変化

この展示を見てもっとも強く感じたのは、このようなゲーム開発資料をアーカイブしていくという兵藤さんや岸本さんの取り組みは、ゲーム業界や私たちのようなゲームファンにとってだけではなく、他の分野でものをクリエイトする仕事に携わられている方にとっても重要なものではないかということ。ハードウェアや予算面での制約の中でどのように工夫をして、どんな思いでよいものを創り、そして企業として利益を得ることができるのか。これはどのジャンルにおいても、企業に勤務するクリエイターならもっている課題のはずですから。

それから改めて思ったのは、これ紙の資料だったから残ったんじゃないか、ということ(もちろん、兵藤さんたちやイベントスタッフ各位の並々ならぬご努力があってこの資料がこうして日の目を見ているというのは理解しているつもりですが、そもそもの話として。)。

今のようなデジタルのファイルだと古いバージョンは残さないことが多いし、仮に残っていたとしても、今度はコンプライアンスの観点で企業の外に出ると言う事はまず考えられないでしょう(まあ紙でも今なら無理ですね)。

ゲームからは離れますが、この「デジタル化が進むと、時がたってからアーカイブするのが難しくなる」のは、音楽も同じかもしれません。ビートルズやグレン・グールドなどの未発表音源が新たに発売されている昨今ですが、これもテープが保存されていたからできたことで、デジタルファイルだとアウトテイクスはともかく没テイクとかはまず残らないと思うんですよね。

そういう点では、いわゆる80年代というビデオゲームの発展期のゲーム開発資料は、アーカイブ可能な最後の年代なのかもしれません。


そんなことを考えながら、他の展示ルームに移ります。


「テレビゲームとその時代」展

戦後の日本のテレビと「手にもって遊ぶ」おもちゃとゲームの関わりを展示物を通して考察すると言う趣です。

おもちゃ、部屋、バッドランズ

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おもちゃ

同時に手に持って遊ぶタイプのおもちゃとその後のゲーム&ウォッチなどとの比較を示したもの。まさかここでコンバトラーVの超合金を見られるとは思っていなかったのでちょっとびっくりしまたなつかしさがこみ上げてきます。


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1986年夏の部屋

この展示はかなり人気が高かったようです。後述する展覧会の感想メモでも多数言及されていました。私も食い入るように見つめました。

個人的には、テレビや扇風機など、家電機器は1986年だともう少し新しくなっているんではないかと思いましたけれども、ゲームやパソコンのぴゅう太もちろんのこと、三ツ矢サイダーの瓶までよく集めたもんだなぁと感心しきりです。


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部屋にズームイン。


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コナミ バッドランズ

1986年の部屋のすぐ横にさりげなく展示してあったのは、当時もあまりお目にかかることができなかったレーザーディスクとMSXパソコンの組み合わせにより稼働するコナミのゲーム・バッドランズです。これの本物が動いていると言うのはかなりの衝撃です。プレイをしなかったのですがなんと言うもったいない機会を逃したことかと後になって思いました。


別の部屋の、今度は1983年頃の家庭用ゲーム機の展示へ。特筆すべきはこれが実機を使って(エミュレータではなく)、実際に遊ぶことができるという点です。

実機プレイアブル展示

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ファミコン

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カセットビジョン

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MSX


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SEGA SG-1000


ファミコンはともかくまさかカセットビジョンをもう一度遊ぶ機会が来るとは思わなかったし、セガSG-1000に至っては正直本物を見ること自体が初めてでした。友達の家でも見たことなかったもんな(SG-3000はあるけど)。長男もこれをプレイして「これとファミコンだったらそらファミコン買うわ」と言っていました。でも当時、液晶やFLのゲームからしたらこれも豪華なマシンだったんだよ。相手が悪かっただけなんだ。

現代の試み

この向かい側には、現代のクリエイターや学生さんたちによる新しいゲームも展示されていました。それらも実際に遊ぶことができます。長男はそのほとんどをプレイしましたが結構楽しんでいたようです。

特に、種をまくゲーム(ベルトのようなウェアラブルコントローラーを装着し、二人一組で種を「浮かび上がらせる」+「進ませる」と言う2つの動作を共同して行う)は親子二人で楽しみました。

ギャラガを30人で同時にプレイできるシステム(でも自機は1機。どうやら、同時操作の中でその瞬間ごとに最も多い操作が選択される模様)も、共同作業の楽しさと、思い通りにいかないイライラと、思わぬ展開の驚きの3つが同時に味わえる珍しい経験で印象深かった。

このように、過去の偉大なゲームの展示だけではなく現在の試みについても一緒に展示してあるところに、研究機関であり教育機関である大学らしさを感じることができました。また私たちとしても新しいゲームを楽しむことができてよかったです。

最後に、来場者コメントを拝見します。


来場者コメント

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来場者コメント。こちらも撮影OKでした。

デジタルゲーム学会の国際カンファレンスが同時開催されていたこともあり外国の方による感想も目立ちます。その多くに「ありがとう」などの日本語がひらがなで丁寧に書き添えられています。

これってロックが好きで英語を覚えたというパターンと一緒ですね。違う国に住んでいても、同じものを楽しむことができ、その作品を生んだ国の言葉にも興味をもつ。これも文化の大きく偉大な側面だと思っています。

それにしても、21世紀に、こういうビデオゲームの学会が歴史のある大学で開かれ、そこで自分が熱中していたゲームの企画書が展示されていて、外国人からも多数のコメントが集まり、それを自分の子どもと見に行くことになるとは・・・自分がギャプラスに熱中していた35年前にはこういった事は全く予想していなかったなと感慨深くなりつつ、当時の自分と同じ年代の長男と会場を後にしました。


関連メモ

*1:キャンパスの端っこに着いてからまずキャンパスの入り口を探し(ここまでで15分)、中に入ったら入ったで会場である建物を探すのに苦労しました。守衛さんに聞いたら「キャンパスインフォーメーションで」、キャンパスインフォメーションに尋ねると「3つの建物でやっていて、一般向けの会場はどこかはわからないんです、すみません」とのこと。結局、炎天下の中キャンパスの中を15分歩き回ることに。 後で気づいたのですが、キャンパス各所に「デジタルゲーム学会」の案内はありました。それをよく見れば一般向けの会場もわかったのかもしれないのですが、私は「立命館大学ゲーム研究センター」しか頭になかったので、その案内もうまく認識できなかった次第です。


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