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富裕層と貧困層の趣味の違いと、それが相続されることについて

お金持ちかそうでないか、そして文化的素養があるかないかによって趣味は変わる - そんな、多くの人々が持っているであろう感覚を社会学的調査により実証した本があると聞き、読んでみました。フランスの社会学者ピエール・ブルデューの「ディスタンクシオン」です。

ただ、文章が非常に難解だったので、同書日本語版の翻訳者・石井洋二郎さんが書いた解説書「差異と欲望」も併読しました。こちらはわかりやすく、理解への大きな助けになりました。


まずは本書で述べられている基本的な考えを整理します。


資本には2種類ある

この本によると、資本には2種類あるそうです。以下の考え方は既にかなり一般的になっていますが(本書が出版されたのは1979年、邦訳が出たのは1990年)、後述する「富裕層の趣味・貧困層の趣味リスト」を読むにあたって知っておいたほうがよい内容ですので書き出します。

経済資本

ひとつ目は経済資本。お金です。普通、資本といえばこちらを指しますね。

文化資本

プルデューが提唱するのはこのふたつ目。これも、大きくはさらに二つに分かれます。

その1 文化資本

経済資本のように数字で示すことはできないけれども、お金と同じように社会生活において一種の資本として機能できる文化的要素のことです。例を挙げたほうがわかりやすいですね。

  • 身体化された(人の血肉になる)文化資本の例:知識、教養、趣味、感性(芸術との接触や人生経験によって培われるもの)、言葉の使い方、立ち居振る舞いなど
  • 客体化された(物として存在する)文化資本の例:書籍、絵画、事典、道具・機械(オーディオ機器、楽器など)など
  • 制度化された(社会的に認証された)文化資本の例:学歴、資格など

たしかに、これらについて優れたものをもっている人は、日本語でも「あなたの○○は財産だね」と言ったりしますね(○○に上記の例をあてはめる、例えば「あなたの知識は財産だね」と言われても違和感がない)。このことからも、これらが「資本」であることは感覚的に受け入れやすいと思います。

その2 社会関係資本

こちらは人間関係、もっと言えば「人脈」「コネ」です。これも「財産」という言葉を使っても違和感はありませんね。

私がこの概念を知った時に最初に思い浮かべたのはスネ夫です。「ぼくのパパは○○会社の社長さんと友達なんだ」。これがスネ夫の「社会生活において一種の資本として機能」しているのは論をまたないでしょう。


趣味は二つの資本で決まる

ブルデューは、この二つの資本、つまり経済資本と文化資本が人の社会的位置を決め、その社会的位置が人の慣習行動や趣味(生活様式)を構造化する、と述べています。

少しわかりにくいのですが、「人は持っているお金と文化資本によって行動や趣味が決まっていく」と言っているのだと私は理解しています。

実際、ブルデューは1963~1968年にフランスで1,217人を対象にアンケートを行い、このことを実証しています。縦軸に経済資本、横軸に文化資本をとって、そこに好きな芸術家や趣味などをマッピングした図があるのです。これをよしてるが抜粋しリスト化したものをご紹介します。

(経済資本は収入や財産の額でわかるとしても、文化資本をどうやって定量的にとらえたのかが気になりました。本書や石井さんの本では、私が読んで理解した範囲ではそれは明示されていませんでした。ただ、マッピング図に職業カテゴリーが配置されていることから、これを文化資本の指標にしたのかもしれません。)


富裕層と貧困層の趣味リスト

以下は「60年代のフランス」での調査結果であることをお含み置きください。

経済資本が多い人々(富裕層)

経済資本も文化資本も多い人々
  • ウォーホル
  • クセナキス
  • ウェーベルン
  • ブーレーズ
  • カンディンスキー

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/19/Gorge_Improvisation.JPG/241px-Gorge_Improvisation.JPG
ウィキペディア・コモンズより。パブリックドメイン。)

  • バッハ
  • デュシャン
  • ゴヤ
  • ブニュエル
  • カフカ(以上、経済資本が多い順。以下同様)

非常に抽象的で、現代的で(20世紀という意味で)、理解に素養がいる(難解な)作品のクリエイターばかりという気がします。バッハ、ゴヤ、カフカはそうでもないかもしれませんが、それでも「親しみやすい」作品は少なめだと思います。

異色なのはウォーホル。少なくとも2017年現代では「具体的・古典・わかりやすい」というイメージでこのカテゴリーの中では違和感を感じるのですが、当時彼の作品は今とはまったく違った、革新的で人々が頭をかしげるような(そして文化資本が多い人は気に入るような)存在だったのかもしれません。こういう、50年の歳月を経て位置づけが変化する趣味はこの後も登場します。

経済資本は多いが文化資本が中くらいの人々
  • ピアノ
  • ゴルフ
  • オペラ
  • ルノワール

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/21/Pierre-Auguste_Renoir%2C_Le_Moulin_de_la_Galette.jpg/320px-Pierre-Auguste_Renoir%2C_Le_Moulin_de_la_Galette.jpg
ウィキペディア・コモンズより。パブリックドメイン。)

  • チェス
  • テニス
  • ウイスキー
  • 外国語
  • テニス
  • リトグラフィー
  • 美術館
  • ヴィヴァルディ
  • ユトリロ
  • チャイコフスキー
  • ビゼー

なんかいかにも「お金持ちの趣味」って感じがするのは私だけでしょうか。それも20世紀の。

2017年においてはピアノ、ゴルフ、テニスはかなり「大衆化」していますね。60年代はステイタスが高かったのでしょうが(70年生まれの私はなんとなくその感覚がわかります)。

あと、ウイスキーがこの位置づけで「普通の赤ワイン」が「経済資本が少ない人」のカテゴリーにある(後述)のはワインが国民的(=大衆的)な飲み物であるフランスならではですね。

経済資本は多いが文化資本が少ない人々
  • 絵画コレクション
  • 外車
  • 乗馬
  • シャンペン

見事にどれも相当お金のかかる趣味ですね。

経済資本が中くらいの人々(中間層)

経済資本が中くらいだが文化資本が多い人々
  • ラヴェル
  • ストラヴィンスキー
  • サーフィン
  • ヴァン・ゴッホ

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/62/Vincent_Willem_van_Gogh_135.jpg/302px-Vincent_Willem_van_Gogh_135.jpg
ウィキペディア・コモンズより。パブリックドメイン。)

  • 焼き物
  • モダンジャズ
  • B・ヴィアン
  • 城館
  • ユトリロ(再び)

ストラヴィンスキーは20世紀前半だったら「経済資本も文化資本も多い」カテゴリーだったんじゃないかなと思ったり。サーフィンが少し日本と位置づけが違うような。

「城館」ってなんだろう。日本でいえば城マニア、寺社仏閣ファンに相当するのかな。

経済資本が中くらいで文化資本が中くらいの人々
  • 写真
  • アラン・ドロン

  • ラプソディー・イン・ブルー
  • ビートルズ
  • オペレッタ
  • ピクニック
  • アズナヴール
  • サーカス
  • 発泡性ワイン

自国文化を特に大切にする(例:外来語を規制する)フランスで、全体のど真ん中にいるのが外国人スターのビートルズということは、当時ビートルズの人気がいかにすごく、かつ多くの層に受け入れられていたかということを示しているのではないかと、ファンのひいき目で思うわけです。

経済資本が中くらいで文化資本が少ない人々
  • ペチュラ・クラーク
  • 競馬
  • 大衆演芸
  • 恋愛小説

「大衆演芸」って具体的に何なのか少し興味ありです。


経済資本が少ない人々(貧困層)

経済資本が少ないが文化資本が多い人々
  • (記載なし)

そういう人たちはいないってことか・・・

経済資本が少なく文化資本が中くらいの人々
  • 縫い物
  • 日曜大工
  • ビール
  • 自転車
  • 釣り
  • 料理
  • テレビ
  • サッカー
  • ラグビー
  • 普通の赤ワイン
  • 脂身

サッカーとラグビーって日本とは位置づけが違いそうな気がするのですが、どうでしょうか。

前述しましたが「普通の赤ワイン」がここに入っています。それだけ一般的・大衆的だってことですね。これも日本とは位置づけが違うのでしょうね(そこまで大衆的ではなさそう)。

「脂身」ってフランスでは好みの食べ物のジャンルになってるのかなあ。

経済資本が少なく文化資本も少ない人々
  • 発泡性ワイン(再び)
  • ブリジット・バルドー

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/78/Brigitte_Bardot.jpg/176px-Brigitte_Bardot.jpg?uselang=ja
ウィキペディア・コモンズより。作者Michel Bernanau、1968年)

  • アコーデオン

当時のバルドーこそ、男性なら資本が多かろうが少なかろうが「実は好き」という人がいるんじゃないかなと思うのですが、アンケートで正直に回答したのはこのカテゴリーの人たちだった、ということでしょうか。あるいは、当時のバルドーは結婚・離婚を繰り返していたので距離を置いたのかもしれません。

アコーデオンはかなり意外です。平均律を世界に普及させる一翼を担った楽器らしいですが、ヨーロッパではそれだけ大衆的だってことかもしれません。まあたしかに、ピアノに比べるとずっと安価でしょうし。


差別化ゲーム

以上のように、資本によって趣味が違っているということをリスト化しましたが、これはまあそんなに目新しい指摘ではないですよね。でも、このことを定量的な調査によって(調査方法については「ディスタンクシオン」の中で詳しく述べられています)明確化したことは意義があり、興味深く、またリアルだな感じます。

続けて、ブルデューは趣味が何のためにあるのかについても、こんなリアルな指摘をします。「大半の人々は、日常生活の中で趣味や慣習行動によって差別化・自己卓越化をはかっている」

どういうことかというと、多くの人々にとって、趣味は他人と差をつけるためのツールだというのです。だから、趣味の「格」が変わると、人々は新たな趣味を探すこともあると。

かつてテニスやスキーなどのスポーツをすることは、それだけである種の社会的ステイタスを物語る、卓越した慣習行動であった。しかし、今はそうではない。だからさらなる差別化をもくろむ人々は、メンバー制のクラブに加入してプライヴェートコートでテニスに興じるとか(中略)あるいはまだ大衆化していないスポーツ(たとえばウィンドサーフィンなど)にいっそ方向転換するしかなくなるのである。
(中略)知識人や芸術家はしばしば、漫画やウェスタン映画のように、ふつうは非正統的な(したがって通俗的な)文化とみなされているものを、ことさらに卓越化の好日にしたてあげたりすることがあるが、これも基本的にはまったく同じメカニズムのなせるわざである。
「差異と欲望」1990年より

趣味はファッションのようなもの、という指摘です。

たしかにそういう面は大きいと思います。私も、趣味は?と聞かれて「読書と音楽鑑賞です」どんなのが好きですか?「村上春樹とかビートルズとか」て答えつつ、読書も音楽鑑賞もそんなに好きじゃなさそうな答えやなあ(誰でも知っている一般的な作家でありバンドなので)、と自分で心の中でつっこむことも多いです。普通すぎるなあと。そういう意識になってしまうのは、趣味がファッションであり、人となりを示すものであると自分で認めているからだと思います。

ただ、こうも思います。ファッションなら、変えるのに抵抗はあまりありません。ドレスコードがある場所でそれに従ったり。でも、ビートルズの音楽はたとえ禁止されてもずっと頭の中で聴き続けると思います。ファッションとは逆に、誰にもわからないように。

趣味には、ファッションとしてのものもあるけど、こういう欲望や衝動に近いものもあるはずです。他人から冷たい目で見られても、禁じられても、続けざるをえない趣味はある。そんなふうに思います。


文化資本も相続される

さてブルデューは続けて、こういった趣味を規定する文化資本は、多くが経済資本同様親から子に相続される、と指摘します。

立ち居振る舞いや言葉づかい、人脈、そしてそれぞれの文化との距離・・・家の本棚やCDラック(って書いて思ったんですが、最近は全部PCかスマートフォンの中って家も多そうですね)の内容や、コンサート、美術館、スポーツ観戦、競馬場などにどれだけ足を運ぶか。

たしかにこういったものは家庭環境によって強い影響を受けるでしょうね。一方、今、日本社会においては子どもの貧困が問題になっています。まずは生存(衣食住)のサポートが最優先なのはもちろんですが、こういった社会資本の獲得という面においても対策を打っていく必要があるように思うのです。

私は子どもが「社会資本が多い人の趣味を味わうべき」と言っているのではありません。どんな趣味を楽しむのか(あるいはファッションにするのか)は子どもが自分で決めていけばいいのです。大事なのは子どもたちに選択肢が提供されること。そう考えています。


日本ではどうか

以上はフランス人についてフランス人であるブルデューが調査し、考察した内容です。では日本ではどうなのでしょうか。舞田敏彦さんが以下の分析をなさっています。

  • パチンコと美術鑑賞の実施率:
    • 美術鑑賞のほうが高い職業は教員をはじめ、一般事務や保健医療など、ホワイトカラー職
    • パチンコのほうが実施率が高い職業は建設業、製造業、輸送・機械運転業などのブルーカラー職
  • 子どもによる趣味の実施率:
    • 貧困層より富裕層のほうが実施率が高い(趣味をやるにも資本が必要)
    • 富裕層より貧困層の子どもの実施率が高いのは、カラオケやキャンプくらい
    • この差は、この5年間で拡大している

詳細はこちらの記事をご覧ください:まるで違う! 親が貧困層か富裕層かで変わる「子どもの趣味」 (1/5ページ) - SankeiBiz(サンケイビズ)

趣味が職業によって分かれていること、趣味の実施率の差が子どもにおいて異なることなど、日本でもブルデューの指摘と同様の事象が起こっていることがわかります。

なお舞田さんは、以下のような指摘もなさっています。

これから先、大学入試もペーパー主体から人物重視に方向転換されるそうですが、そうなった時、親世代の文化差が、子ども世代のアチーブメント(達成度)に投影される度合いが高まらないかどうか。面接での立ち振る舞い、余裕の程度、話題の豊富さ……。こういうことは、ペーパーで測られる読解力や計算力などよりも、家庭の文化的環境を色濃く反映すると思われます。(中略)「体験格差」を媒介にしてです。
(上記記事から引用)

この指摘からは、以下のメモを連想しました。最近、子どもに学力だけではなく「人間力」が求められている傾向についてです。

ますます、貧困対策には経済資本だけではなく社会資本のサポートも必要という気がします。まだ経済資本のサポートですら十分ではないようなので、道のりは遠いですが。


おまけ

このメモのテーマには関係ないのですが、本書邦訳者・石井洋二郎さんの東京大学での式辞が実に洒脱かつ有益なのでご紹介します。このセンスは解説書「差異と欲望」にもにじみ出ていました。

平成26年度 教養学部学位記伝達式 式辞 - 総合情報 - 総合情報


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