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よくわからないパートも多いけど、全体像が放っているものが非常に強力-ドストエフスキー「悪霊」 亀山郁夫訳 (光文社古典新訳文庫)

物語(ネタバレほぼなし)

1869年ロシア。インテリで反体制を自認しているステパン・ヴェルホヴェンスキー(53歳)は、資産家ワルワーラ夫人と「パトロン(夫人)とヒモ(ヴェルホヴェンスキー)」「友人同士」「恋人同士?」の間を行ったり来たりするような関係を続けていた。

一方、ロシア社会は1861年に農奴解放令が施行されるなどの変化が起き始め風雲急を告げていた。そんな中、ワルワーラ夫人の息子ニコライ・スタヴローギンは、美男子で教養もある好青年であるにもかかわらず突然奇行に走ることがあった。そのスタヴローギンとヴェルホヴェンスキーの息子で口数の多いピョートルが町に戻ってきてから、様々な事件が起こり・・・



感想

(若干ネタバレあり、しかし結末はわからないようにしました)

同じドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」が非常に読み応えがあったので、この作品も読んでみたいと以前から思っていたのです。さらに、村上春樹さんの公開インタビューで、春樹さんが「総合小説といえばドストエフスキーの『悪霊』」とおっしゃっていたこともその気持ちに拍車をかけました。で、読んでみました。

最初はおだやかです。ヴェルホヴェンスキーとワルワーラ夫人の人となりと人間関係の解説がしばらく続き、春樹さんが語っていたように「しばらくは誰が主人公かもわからない」状態(なおよしてる自身は、読み終わった後も誰がはっきりした主人公かはわからないままです)。

しかしその後、スタヴローギンが登場したあたりからエンジンがかかりはじめます。と同時に登場人物がどんどん増えていく。誰が誰かわからなくなっていったので、次のサイトをブックマークして何度も拝見しつつ読み進めます(ブログ作者様、ありがとうございました)。
■「悪霊」 主な登場人物メモ(ネタバレ無し) | 英語と何かといろいろと。

(ちなみにこの光文社古典新訳文庫には登場人物一覧を記したしおりがついているのですが、図書館で借りるとそれは第3巻にしか残っていませんでした。)

次第に物語は加速し、オーケストラの楽器がだんだんと増えていくような、火事の火の手があちこちにあがるような緊張感と熱気につつまれていきます。

しかし、我々現代の読者が心をえぐられるほどの過激なシーンが描かれているわけでもありません。よしてる自身は、むしろ登場人物の心情をあらわすこっけいな行動や、とある出産のシーンなどどちらかというと日常的な場面のほうに惹かれました。一番感心したのは「ここでこの人が出てくる?」という人物の再登場のさせ方かな。

そして物語を読み進める途中から読後の今に至るまではっきりと心に刻まれているのは、この小説は、将来ロシアに革命が起こることとその革命がつくった政府がいずれ崩壊してしまうという巨大な歴史のうねりの源流を活写している、というところです。細部では何がいいたいのかよくわからないパートも多いけど、全体像が放っているものが非常に強力なのです。

物語のおもしろさは「カラマーゾフの兄弟」のほうが上ですしよしてるがより愛好するのも「カラ兄」ですが、作品のパワーはどちらも同じでまさに圧倒的だと感じています。


亀山郁夫さんの訳・解説について

批判も多いですね。次のような検証サイトを拝読して少し不安になったのも事実です。
亀山郁夫訳『悪霊�T』を検証する

しかし、やはり読むのにひっかかるような古い言葉が用いられていないのはやはり読みやすいです(そのかわり「別バージョン」「まじで!」「ったく(まったく)」のような言葉には逆の意味で少しひっかかりましたが、数はわずかでした。)。

そして何より、各巻末の「読書ガイド」はこの長編を読み進んでいくのに大きな助けになりました。この解説にも批判は多いようですが、解説を鵜呑みにしなければそれは作品を新たな角度から味わうきっかけになりますし(よしてるはそういう感じで活用させてもらいました)、長大な物語を適宜まとめてくださっていたり、ロシアの人名表記について(例:兄妹で姓の語尾は異なる場合がある)や当時の社会・思想背景についての解説も非常にありがたかった。

総じて、親切な仕事をなさっていると私は感じました。一方で、他の訳も読んでみたいとも思っています。


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