手塚治虫といえば漫画の神様ですが、原稿の描き直しでも有名でした。連載開始時、単行本化時・・・しかしその描き直しの程度が尋常ではないことが、本書の豊富なカラー写真と解説でよくわかりました。百聞は一見にしかずとはこのことなのですが、特に印象に残ったポイントを一応メモしてみます。
「ブラック・ジャック」第1話
ブラック・ジャックの顔がアップになるシーン。目が小さく描き直されています。原稿に透過光を当てると、最に描かれていた大きな目が見えますが、かなり印象が違います。理由は不明だそうです。
「ブッダ」シッダルタが剃髪した直後のシーン
顔が3回描き直されています。これも理由は不明だそうです。重要なシーンだからかな・・・
「どろろ」
主人公百鬼丸の失われた48か所の体のパーツを取り戻していく物語なのですが、仰天の別設定があったことがわかりました。
掲載誌が週刊少年サンデーから「冒険王」に移ったとき、この48パーツでできたのが相棒の「どろろ」という設定に変更になったそうです。どろろを殺せば一気に48パーツが集まることで、悩み苦しむ百鬼丸・・・
この設定は単行本化の際元通りに戻され、そのとき「苦悩する百鬼丸を描いた2ページ」は当然削除されましたが、本書ではこの貴重なシーンを読むことができます。
手塚治虫はモーツァルト型ではなく・・・
私が本書を読んで思い浮かんだ手塚作品は遺作「ルードウィヒ・B」。モーツァルトとベートーヴェンの会話を思い出したのです。
- モーツァルト「ぼくはね 心の中に最初にひらめいたメロディが神の啓示と思ってるんだ・・・あとで考えれば考えるほど発想は落ちる 結局、最初のひらめきが一番いいことを思い知る」
- ベートーヴェン「ぼくはそうは思いません 長いこと練ったっていいものはできます (心の中で)ぼくは先生とは意見が違います!」
当時から、これは手塚の思いを代弁しているんだろうなとは想像していましたが、それから四半世紀後、本書を読んでそれを確信した次第です。手塚治虫はこの点においては、モーツァルト型ではなくベートーヴェン型だったようです。
手塚プロダクションがちゃんと原稿を管理し、こうして出版してくれることに感謝したいです。