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なぜ衛生状態がよくなるとアレルギーが増えるのか

世界各国で共通している現象として、「衛生状態がよくなるとアレルギーや自己免疫疾患が増える」というものがあります。

これは日本で暮らす我々にも思い当たることだと思います。昔は花粉症なんてなかった。アレルギーもこんなに多くなかった。そう語るお年寄りの話を聞いたことがある方も多いでしょう。NHK取材班「病の期限2」によると、日本で初めてスギ花粉症が報告されたのは1964年だそうです。

本書にも、先進国ではしかやおたふく風邪、結核などが減っていくにつれぜんそく、多発性硬化症、1型糖尿病が増えているというグラフが掲載されています*1(多発性硬化症と1型糖尿病は自己免疫疾患、つまり免疫が病原体にではなく自分を攻撃することで起こる病気なのだそうです。知らなかった。)。

で、この本では、書名からもわかるように、その理由を「寄生虫の不在」としています。

寄生虫がいなくなったらアレルギーが増える?どうして?寄生虫は人間に「いいこと」をしているの?そう思いながら読み進めました。


寄生虫が減ると自己免疫疾患・アレルギーが増える

本書に登場する興味深い事例をいくつかご紹介します。

カレリア

  • 北欧のカレリアでは国境が何度も引き直され、同じ人々がロシア人になったりフィンランド人になったりしている(フィンランド領南カレリア県とロシア連邦カレリア共和国)。
  • これは見方を変えれば「遺伝的に近く、環境も近い集団が、対照的な環境で暮らすとどうなるかという壮大な実験」にもなっている。
  • 実はこの地域では、アレルギー及び自己免疫疾患の有病率は全く異なり、フィンランド領では世界でもっとも高いレベルであるが、ロシア領では著しく低い。たとえば一型糖尿病有病率は前者は後者の6倍、花粉症は4.5倍、ぜんそくは2.5倍。
  • 両者のもっとも大きな差は経済的豊かさ。フィンランド領のGDPはロシア領の7倍。
  • そしてフィンランド領では見られなくなった寄生虫や病原菌の感染の割合がロシア領では多かった。5人に1人の子供がトキソプラズマ、10人に9人がピロリ菌に感染し、A型肝炎の感染歴は10人に9人に見られた。
  • 寄生虫や病原菌に感染している割合が多いと自己免疫疾患の割合が減る、というはっきりした傾向がみられる。

サルディーニャ島

  • イタリアのサルディーニャ島は、世界で一、二を争うほど自己免疫疾患有病率が高い。
  • もともとこの島は温暖で湿地が多いため古くからマラリアが蔓延していた。
  • サルデーニャ人は外国の軍隊が来ても内陸に住み続けたため、遺伝的に隔離状態が続いた。大陸のヨーロッパ人にとっては、サルデーニャ人よりイラン人のほうが遺伝的に近いくらいである。
  • 「マラリア蔓延」+「遺伝的隔離」により、サルデーニャ人の遺伝子には地中海性貧血(サラセミア)が定着した。マラリア原虫は赤血球に侵入するが、サラセミアの異常な赤血球はマラリアにかかりにくくなるメリットがあるからだ。
  • 時は流れて戦後、1947年に4万人近くがマラリアに罹患していたが、ロックフェラー財団がサルデーニャ島にDDTを散布した結果、3年後には新規症例がゼロになった。
  • その10年後から多発性硬化症の発生率が上がり始めた。
  • サルデーニャ人はマラリアとの闘いで獲得した免疫機能を有しているが、マラリアがなくなったため、その機能が自分自身に向かうようになり、自己免疫疾患を引き起こすようになってしまったと考えられる。

本書にはこの他にも「寄生虫や感染症が減るとアレルギーと自己免疫疾患が増加する」ケースとデータはうなるほど登場します。

花粉症

逆に、花粉症が世の中に現れはじめた時代では、それが上流階級の間でしか発生しなかったことから、花粉症になることがステータスシンボルになっていたという興味深い逸話も紹介されています。

花粉症は1819年にロンドンでジョン・ポストックという医師が報告したケースが最初ですが(その時点ではこれは花粉によるものだとは認識されていませんでしたが)、彼は「貧困層の人間がこの病気にかかったという明確な症例は一度も聞いたことがない」と述べていますし、アメリカのある人物は「最高の知性と最強の道徳心を持つ人間だけがこの病気になる」と豪語していたそうです。

イギリスとアメリカが世界に先駆けて都市化と工業化を成し遂げ衛生的な生活を実現した国であることを考えると、この現象もまた「衛生的な生活がアレルギーを生む」というセオリーを裏付けていると考えられます。


寄生虫は何を人間にもたらしているのか

では、なぜそんなことが起こるのでしょうか。寄生虫は人間の栄養を奪ったり体調を悪くしたりする「悪玉」ではなかったのでしょうか。寄生虫が人間に何か「いいこと」をしてくれているのでしょうか。

実は、寄生虫が体内に入ると、レギュラトリーT細胞(ウイルス感染した細胞やがん細胞を攻撃する細胞が正常な細胞まで攻撃してしまわないようにする制御系細胞)が増えるそうです。寄生虫が自身を攻撃しないように、人間をそう仕向けているのですね。

これによって、人間の免疫反応は「ほどほど」になる。というか、長い間、寄生虫によって免疫反応がマイルドになることを前提に免疫力を身につけてきたわけです。

そんな状態で突然寄生虫がいなくなるとどうなるか。免疫をマイルドにする作用がなくなり(レギュラトリーT細胞が増えず)、人によっては免疫が暴走し自分を攻撃してしまう。これがアレルギーであり自己免疫疾患、ということだそうです。

これは個人的には驚くとともに納得しやすい説だと感じました。急に環境が変わったことで今までになかったマイナス面が出てくるというこの現象は、「塩分や脂肪が貴重だった太古の昔にプログラムされた人間の味覚が、いくらでも栄養がとれる現代では塩分過多・脂肪過多になりやすくしてくれるある意味やっかいな存在になっている」ことと似ているような気がします。

ちなみに本書では、自閉症、統合失調症、心臓疾患、がん、うつなどが増えたことまで寄生虫不在によるものかもしれないという説をあげています。

たとえばうつについてはこうです。

  • 急性のストレスは激しい炎症性の免疫活動を誘発する。
  • 通常ならこの炎症は消散するが、現代社会では慢性化しやすくなっている。これは、微生物や寄生虫がいなくなったことで、炎症(免疫反応)をマイルドにする作用が弱くなっているからではないか。
  • そして、慢性の炎症は気分を制御しているホルモンの分泌を妨げる。
  • こうして、一過性の落ち込みのはずが慢性的なうつになってしまう。

なんでもかんでも「寄生虫の不在」にするのは行き過ぎではないかとも思いますが、本書によると、うつ病の発生率はアレルギー疾患のそれとほぼ同じパターン(農村部では低く都市部では高い)を示しているそうで、頭から否定するのももったいない気はします。


どうすればよいのか?(1)寄生虫を取り込む?

さて、「寄生虫の恩恵」がわかったところで、私たちはどうすればいいのでしょうか。寄生虫をわざと体内にとりこむのがいいのか?

実は本書の著者は自身が自己免疫疾患をわずらっています。髪の毛どころかまつげや産毛まで抜けるなど、かなり深刻なのだそうです。本書には、その著者本人が寄生虫をわざと体内に入れる「療法」を経験したときのことも書かれています。

結論から言うと、そのような「療法」で治癒する人もいれば、そうならない人もいるそうです。著者はこれをやって一時期は大変効果があったものの結局はデメリットも多く中止したそうです。

何より、このような方法はどの国においても当局の認可を得たものではありませんから「療法」の信頼性も気になるところです。


どうすればよいのか?(2)子供のころに、さらに胎児のころに

それならどうすればいい?それはずばり(大人の私たちにはもう手遅れなのですが)子供のころにしっかり微生物に触れておくことだそうです。

実験によると、子どもと大人が同じように微生物に触れる環境にいても、子どもは「微生物センサー」を身につけるのに対し、大人はそうはならなかったそうです(子ども、というのが何歳までを指すのかは記載がありませんでした。気になるのですが。)。

さらに言うと、母親の妊娠中の行動はより影響が大きいそうです。調査では、妊娠中に定期的に5頭以上の動物とともに過ごしていた母親から生まれた子どもは、アレルギーリスクが低くなるとのこと。具体的には、母親が妊娠中に接触した動物の数が一頭増える毎に「微生物センサー遺伝子」の発現は10〜16%増加したのです(これはまさにエピジェネティクスですね)。

同じ理屈で、帝王切開で生まれた子どもはアレルギー疾患のリスクが高くなります。2800人の子どもを対象にしたノルウェーでの調査によれば、アレルギー体質の母親から生まれた子どものうち、帝王切開で生まれた子どもは食物アレルギーのリスクが7倍高くなるそうです(ただし、親がアレルギー体質でない場合はリスクは上昇しません)。赤ちゃんが産道を通るときに、特定の細菌を新生児に定着させる仕組みが母体に備わっていると考えられています。帝王切開だと赤ちゃんは産道を通らないので、その恩恵にあずかれないわけですね。

※このメモは本書記載の内容を要約していることから「寄生虫の恩恵」にスポットが当たりがちですが、当然、子どもや妊婦が微生物や寄生虫に接触することはリスクも伴います。たとえば、妊婦が生・レア肉を食べたり土いじりをしてトキソプラズマに感染すると、胎児に深刻な影響が出ることがあります(参考:NHK生活ブログ「妊娠時 寄生虫 "トキソプラズマ"の危険」)。こういったリスクも十分ご考慮の上、このメモをお読みください。


どうすればよいのか?(3)現時点で何ができるか

じゃあ大人は何も対策が打てないの?本書では、「現時点で確実にお勧めできる唯一のこと」として、食生活の改善を挙げています。

  • (有用細菌の餌となる)果物や野菜、抗炎症作用のあるオメガ3脂肪酸の摂取を増やす(参考:田中消化器科クリニック「yオメガ3系脂肪酸」)
  • ジャンクフードや加工食品の摂取を避ける

バランス

それだけ?さすがに著者も「具体的なアドバイスを欠いている」と自ら認めています。でも、この「わからないことをわかったと書かない」「寄生虫は無条件でよいものだ、とは書かない」ところが、本書というか著者の優れているところだと思います。

たとえば、ピロリ菌についての記述がこうでした。

ピロリ菌は胃がんの原因と言われていますが、人間の体に入ってから胃がんを起こすまで、場合によっては数十年目立った症状がありません。長い間何をしているのか?どうやら食道がん、喘息、結核を抑えている可能性がある・・・本書の他の箇所と同じく、寄生虫や細菌が「いいこともしている」という、意外だけれども興味深い内容です。

それで、もし、医師からピロリ菌の除去を勧められたらどうすればいいのか?著者は「除去には応じるべき」と応えています。他の「恩恵」があったとしても胃がんの原因でもあるのだから、という理由です。

他にも、著者自身の「寄生虫療法」体験記なども「よかった面」「よくなかった面」をはっきりバランスよく書いています。そういうバランス感覚も本書の優れた点のひとつだと思います。



本書は、膨大な実例、深い知識に裏付けられた考察、時にはユーモアも交えた筆致(翻訳もこなれていてとても読みやすかった)、上記のバランス感覚、そして何よりおもしろくためになる。科学ノンフィクションのお手本のような本だと感じました。

*1:Bach, New England Journal of Medicine, 2002



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