庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

作家について、ビールについて、そして海外での「きつい体験」について-村上春樹「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」(2012年)

春樹さんへのインタビュー集。

春樹さんがお気に入りについて語っているものを中心にメモしてみます。

作家について

村上龍

彼(村上龍)にはナチュラルでパワフルな才能が備わっています。彼の立っている地面のすぐ下には、才能の油田みたいなものが豊かにある。でも僕の場合、その油田はとても深いところにあるので、苦労して掘り下げなくてはなりません。

京都で行われた公開インタビューでも、「コインロッカーベイビーズ」について言及されていました。

私は春樹さん・龍さん両方の作品が好きなのでこういう発言はうれしくなります。龍さんも春樹さんの才能は以前から認めていらっしゃる。かつて(春樹さんが専業作家になる前、それこそ龍さんが「コインロッカーベイビーズ」を出した直後くらい)「ウォーク・ドント・ラン」という対談本も出版されてましたがずっと絶版ですね。図書館で読みましたが、何人もの人が手に取っているのでしょう、かなり本の損傷が激しかったことが記憶に残っています。


カズオ・イシグロ

ポール・セローのアフリカ旅行記「ダーク・スター・サファリ」は面白かった。小節で最近ノックアウトされたのは、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」かな。彼は僕が最も高く評価する同世代の作家の一人です。上手なだけではなく魂がこもっている。

「わたしを離さないで」私もノックアウトされました。


夏目漱石

あの人はほんとうに小説を、短い間に書いていて、「三四郎」と遺作の「明暗」の間だって八年くらいですよね。よくもまあ、これだけの短い期間でこんなに違うものが書けるなあって感心するんだけど(以下略)

「海辺のカフカ」で主人公のカフカ君が読んでいた「坑夫」は青空文庫で読みました。


ドストエフスキー

これまで好きな作家はいっぱいいたけど、見渡してみると彼ほど力強く、死ぬ間際まで小説に深くのめり込んでいけた人って他になかなか見当たりませんよね。ディケンズもすごいけど、作品のタイプはちょっと違うし。(中略)「白痴」や「罪と罰」なんかは作品にまだ、ちょっと書き残しているところはありますけど、「悪霊」とか「カラマーゾフ」になると、もうそんな範疇じゃないですね。

「カラマーゾフの兄弟」はたしかにもの凄かったです。本は読んだら売ってしまう私もこれは手元に残しています。なんというか、そういう小説です。



トマス・ピンチョン

あの人はもう、第一作の「V.」でいきなり完全にできあがっちゃってますね。それが信じられないですよね。

いつか読みたいと思っている作家の一人ですが、紹介文を読んだだけで「読み通せるのか」とびびって読めてないです・・・
Thomas Pynchon Against the Day 著者の(発刊前の)口上 - 山形浩生の「経済のトリセツ」


東京以外で最も好きな街

  • ボストン(中古ジャズレコードを収集するには最も便利で充実している、おいしいインド料理店があり、サミュアル・アダムズのドラフトがどこでも飲める)
  • ストックホルム(素晴らしい中古レコード店がある、地下鉄では乗客のほとんどが携帯電話で話をしていてシュールレアリスティック)
  • シドニー(食べ物とワインがとてもおいしい、水族館と動物園がユニークで素晴らしい。しかしまともな中古レコード店はひとつもない)

中古レコード店、ほんとにお好きなんだなあ。


好きなビール

今のところは「バース・エール」と「サミュエル・アダムズ」です。

サミュエル・アダムズ、そんなにお気に入りなんだ。たしかに他でも言及されていた気がする。

「バース・ペール」って最初バスペールエールのこと?と思いましたがbath aleのことみたいですね。

京都での公開インタビューでも同じ質問が取り上げられ、その時はハワイ・マウイブルーイングのBig Swellを挙げていらっしゃいました。


ビデオ・ゲーム

僕自身はビデオ・ゲームというものをやりません。しかしそこに類似性のようなものを感じないわけにはいかない。小説を書いているときに、ときどきこう感じるんです。僕は自分でビデオ・ゲームをデザインしながら、同時にプレーヤーとしてそれをプレーしているのではないかと。

「The Scrap 懐かしの1980年代」には、春樹さんがゼビウス20万点を目指していることが書かれていますが、その後ゲームからは遠ざかったようですね。ゼビウスに入れ込んだよしてるとしては、前述の春樹さん・龍さん同様、春樹さんがゼビウスを楽しんでいたこと、今はゲームをしないけど小説を書くこととゲームをデザインしプレーすることとの類似性について語ることはやはりうれしいことです。


海外での「きつい体験」

僕自身が外国に長く住んだときに、日本の文化発信力の弱さみたいなのをひしひしと感じたからです。僕が91,2年にアメリカにいた頃は、日本はものすごいお金もちだったんですよね。ところがその頃、経済的な豊かさの中で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とか言われながら、日本が文化的に同時代的に何を世界に提供していたかというと、ほとんどゼロに近かった。ソニー、トヨタで話が終わってしまう。それでずいぶん肩身の狭い思いをしました。外に出て生活してみるとわかるけど、文化力ってすごく大事なんです。そういうきつい体験があるから、一人の日本人の作家として、場を与えられたら、逃げずにできるだけのことをやらなくちゃという気持ちがあります。

まさに92年、私はイギリスに2週間だけの語学留学に行きました。ステイ先には少し年下(10代後半)の音楽好きの男の子Kevinがいて、よく音楽の話をしました。

ある晩、彼は自室に私を呼んでくれ、好きな音楽(ハードロックが多かった。エディ・ヴァン・ヘイレンがヒーローだそう)や自身のギタープレイを聴かせてくれ、言いました。

  • Kevin「Yoshi、見てごらんよ、僕のギターはヤマハだし、オーディオはテクニクスだ。アイバニーズのギターもいつか買いたい。日本の製品は素晴らしい。イギリスはかなわないよ。」
  • よしてる「でもその製品から聞こえる音楽はイギリスのものか、それに影響を受けたものばかりじゃないか。僕もビートルズが好きでイギリスに来たようなもんだよ」
  • Kevin「日本にもラウドネスのタカサキがいるじゃないか。彼のギタープレーは素晴らしいよ」

このときほど、ラウドネス・高崎晃さんがいてくれて、というか日本発の音楽でKevinに届いているものがあってうれしく思ったことはありません。Kevinもほっとしながら切り返したでしょう。私は高崎さんやラウドネスのおかげで「きつい経験」どころか「いい思い出」をつくれました。

春樹さんが経験された「きつい経験」はもちろんもっとハードだったのだろうとは思いますが、それを少しは理解できた気持ちにはなれます。

そして、春樹さんの「逃げずにできるだけのことをやらなくちゃ」という決心は、本当に立派なものだと心から思います。おかげで今私は、海外の方と小説について語り合う時、「きつい経験」をするどころか「今住んでいる場所は、ハルキムラカミが子どもの頃育った場所のすぐ近くなんですよ」「それは素晴らしいわね」なんて会話を何人もの海外の方と楽しませてもらうことができています。アンチの方が「ムラカミの何が嫌いか」を礼儀正しく訥々と語るのを聞いたこともあります。でもそれも「日本の作家ってだれがいたっけ?」なんて反応に比べると「きつい」どころか興味深い。そのアンチの方(スペイン人)とは今でも交流が続いています。

小説以外のことでも人生を豊かで思い出深いものにしてくださっている春樹さんには、ただ感謝です。



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