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なぜ日本で女性が仕事を続けることが難しいのか


私は平成元年(1989年)に高校を卒業しました。社会人になったのは、企業の採用活動にバブル崩壊の影響が出た最初の年と言われる平成5年(1993年)。それから約20年、ITにより仕事の仕方や生活は相当変わったものの、戦争や革命があったわけではないから社会そのものはあんまり変わってないな、という印象を持っていました。

しかし、ニュースやいろんな本を読むと、平成25年は、明らかに平成元年や5年とは違う社会になっています。いつから何が変わった?どうしてそうなった?そんな疑問への回答、または回答のとっかかりが本書で見つけられました。その中でも個人的に関心がある、女性の労働についての観点から内容をまとめ、感想と私見を加えてみます。

本書の内、主に「社会保障:ネオリベラル化と普遍主義化のはざまで(仁平典宏)」「教育:子ども・若者と「社会」とのつながりの変容(貴戸理恵)」の章をもとにしました。引用部分はよしてるによる要約です。


現状

安倍内閣の「新たな成長戦略」の中でも謳われている女性労働力の活用。「女性が働きやすい環境を整え、社会に活力を取り戻す」と明記されています。

ということは、現在の日本は女性が働きにくい環境になっているということです。実際、内閣府男女共同参画局によると「我が国の女性の25〜54歳の就業率を他のOECD諸国と比較すると,30か国中22位である」とのこと。

OECD諸国の女性(25〜54歳)の就業率(内閣府男女共同参画局
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女性が働いてからいったん子育てなどで退職し、子どもに手がかからなくなってから再度働き始めるといういわゆる「M字カーブ」も日本ではまだ残っていますが欧米諸国では既に見られません。

女性の年齢階級別労働力率(国際比較)(内閣府男女共同参画局
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イギリスのThe Economist誌でも、先進国のうち「女性が働きにくいワースト2位の国」にランクされています。

The glass-ceiling index(The Economist 2013年3月7日



では、女性が外で働きにくい状況・または働かないほうが合理的な状況はいつから起こっていて、なぜそれがなかなか解消されないのか。たくさんのデータや説がある問いですが、今回はこの「平成史」からそれを読み取っていきます。

注:私は、何がなんでも女性は外で働くべきとか、またその逆を提唱しているわけではありません。個々人が自分の望む働き方・生き方ができる世の中になればいいと考えています。その中で、女性が外で働きたいのに働きにくいという状況があるなら、なぜそうなのか、どうすればいいのかを考えてみたいのです。


1970年代

では、そもそも、専業主婦率がもっとも高かった時代はいつなのでしょうか。それは、1975年前後だそうです。それまでは、むしろ外で働いたり、家の仕事(商店など)を手伝うというかたちで家事以外の労働をしている女性が多かった。

私の勝手なイメージとしては、専業主婦率がもっとも高かった時代はもっと前というイメージでしたが、実際は違っていたのですね。

ちなみにこの時期は、男女間賃金格差、大卒と高卒の初任給格差などが最低を記録していたそうです。本書によれば「家族と教育の『戦後体制』が確立した時期」。逆に言うと、今の社会保障に関する種々の問題は、この時に確立したこれらの状況がが現在では変化してしまっているのに制度面が追いついていないから、というふうにも考えられるのかもしれません。

しかし、この時代にもすでに変化は進んでいます。70年代に、急激に婚姻率が下がっているのです。1972年に10.4(人口千対)だった婚姻率が80年には6近くに下がっています。

婚姻件数及び婚姻率の年次推移(平成24年版 子ども・子育て白書
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ちなみに私の母(1968年に結婚)に聞いてみると、当時は結婚に対するプレッシャーは非常にきつく、結婚しないなんて公言する人はまれだったとのこと。最近母の同世代の友人たちと話したときも、みんなして「今くらい結婚の圧力が弱い世の中だったら、夫と結婚してなかったかも」という話題になったそうです(え・・・)。

そういう風潮が、70年代に急速に変わっていったようですね。それでも、本書によると、1990年の段階でも新婚女性に占める20代女性の占める割合はアメリカやスウェーデンは56%だったのに対し日本は79%で、先進諸国ではスペインやイタリアと並んで高かったらしいので「若いうちに結婚を」という風潮はバブルのころでもまだ残っていたようです。


1980年代

その後、1980年代。世界の先進国の多くで雇用の不安定化が起こりました。印象深いのはサッチャー政権下のイギリスや、日本の自動車産業の影響でレイオフが多発したアメリカなどですが、日本ではこの時期、むしろバブルに向けていけいけの活況だったような印象があります(データをちゃんと調べていなくて申し訳ないです)。少なくとも、大規模な雇用の不安定化は起こっていないと思います。なぜでしょうか。

大きくは、日本の工業製品が世界で売れていたからということなのかもしれませんが、本書によると、それは女性を含む労働力が労働市場に柔軟性をもたせていたから、というのもあるそうです。具体的には以下のとおりです。

未婚女性、主婦、学生、高齢者などからなる労働市場は全雇用者の60〜65%で、主要先進国では最高の率。解雇されても求職活動を行わないので失業者にカウントされず、景気が上昇して受注が増えれば随時に従業するので、労働力プールとしての柔軟性が高い。雇用の不安定化は、日本ではおこらなかったのではなく、周辺化され目立たなかっただけだった。

女性や学生・高齢者が雇用の調整弁になりがちだったということですね。つまり結婚観が比較的自由になってきた後も、女性がパーマネントに働く形態はまだまだ少なかったと。

この時代、1986年に男女雇用機会均等法、1992年に育児休業法が施行されたのは、このような状況を変えていくためのものだったのかもしれません。ではその後どうなったのでしょうか。


1990年代・育児休業法

ここでやっと平成に。本書では、育児休業法について以下のとおり記述しています。

1992年には育児休業法が施行されたが、休業中の所得保障はなく、休業中も健康保険の保険料を納める必要があるなど、パートナーに十分な収入がなければ休業のしようがなかった。

なぜこのような内容になったのでしょう。

制度の趣旨が女性労働者全体の保護ではなく、大卒女性社員の退職を防止するためだった。経済的基盤のある少数の女性を対象とした政策で、正社員比率の低い世代にはより不利である。

そもそもの主旨が全体の保護ではなかったのですね。その結果、全体としてはどうなったのでしょう。

子どもがいてフルタイムで働く女性の就労率は、1992年から2002年のあいだに、結婚年数5〜9年では17.2%から13.9%に、結婚後10〜14年では20.6%から15.5%に、それぞれ低下した。

2011年でも働く女性の半数は非正規雇用で、女性正社員のうち総合職は5.1%。

女性がフルタイムで働く率はむしろ低下したわけですね。同じ期間、男性の非正規雇用率も上がっているので女性もそうなるというのは自然なのかもしれませんが、女性がフルタイムで働ける環境が現代も十分整っているとは言い難いことは言えると思います。しかし総合職が5.1%しかいないっていうのはいくら何でも少なすぎるという感じですが(「総合職」の定義にもよるのかな。本書では明示されていませんでした。)。


晩婚化・少子化

なお、男女ともに非正規雇用の率が増加と晩婚化・少子化の関連は知られているところですが、それに関する本書の記述も引用しておきます。

アメリカやドイツ、スウェーデンなどでは、70年代以後のポスト工業化のなかで、専業主婦率が減少し、いわゆるM字カーブがなくなっていったが、日本では同じポスト工業化の90年代に、M字の谷間が若干浅くなったことと、谷間が高年齢に移動、つまり、晩婚化・高齢出産化・少子化が進行した。収入の低い非正規雇用男女の場合、子どもができて女性が退職すればやっていけないし、親元に同居している場合は結婚して親元から離れること自体がリスクになるので、収入のある男性に出会うまで結婚をのばすか、結婚した場合でも出産をのばす。正規雇用の場合でも、新卒時しか正規雇用の機会がない中退職すると不利なので結婚と出産をのばす。

(先ほどのM字カーブのグラフを再掲します)女性の年齢階級別労働力率(国際比較)(内閣府男女共同参画局
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その結果は・・・

2005年の「国民生活白書」によると、妻年齢40代既婚女性で年収400万円未満で子どもがいないのは20.7%だが、400万円以上では10%前後である。また45〜49歳男性の独身率は年収100万円未満では49.1%だが、1000万円以上では3.3%である。

こうなると、一部の女性の専業主婦志向が高まるのも仕方のない話にも思えます。

2008年に「婚活」を流行語にした白河桃子によると、2011年の座談会で「女子大生に取材すると、就活がダメだから婚活に切り替えた、という人がほんとうにたくさんいる」という。また白河は、自分が唱えたのは「メインの家計は夫が稼ぐべきである」という「昭和的価値観」からの脱却だったにもかかわらず、それが理解されないまま、収入のある男性を探す「婚活」ブームがおきてしまったと述べている。

昭和女子大の学長である坂東真理子は2012年に、男性が低賃金化したいま、女性も働かないと結婚生活が成り立たないにもかかわらず、女子大生たちには女性労働のイメージが輝かしいキャリアウーマンしかなく、そのため「私には無理」と専業主婦志向になってしまう現状に触れている。



育児サービス

育児期間の国からのサポートが女性全体にメリットのあるものではないことはわかりました。では、家庭外の育児サービスはどうでしょうか。

保育に関しては、90年代初頭に規制緩和により保育サービスの供給量を増やす方針が採られた結果、保育所の民営化が進んだ。2003年に公立保育所運営費が一般財源化され、市町村の負担が増えた結果、拍車がかかった。2007年には私営保育所数が公営を逆転、認可外保育施設数は1997年に4701か所だったのが2008年には7284か所になっている。保育士の雇用環境も悪化し、保育施設で働く雇用者の非正規率は1996年の28%から2006年には41%まで上昇。一方で幼稚園は毎年100以上が廃園。

日本の子育て支援制度では、保育園入園資格は男女とも正社員である世帯が有利で、扶養控除は収入が高いほうが控除金額が多かった。これらは福祉政策であるにもかかわらず、特定のライフコースを想定した制度であるため、全体としては分配後のほうが子育て世代の貧困率が高くなっている。

OECD主要11カ国で、政府介入後に子どもの貧困率が上がったのは日本だけ(ユニセフ2005年"A Child Poverty in Rich Countries")

これは国も意識をしていて、保育所を増やす算段はしているけど、結果的には逆効果になってしまっているというわけですね。



いわゆる総合職として働く私の友人や同僚にも、子育てと育児を両立している女性はいますが、ほとんどはおじいちゃんやおばあちゃんが子守りをしているケースですね。それができなかったある同僚は、ファミリーサポートなどの制度を活用してなんとか両立を図っていましたが、二人目の出産を機に育児休暇に入りました。そのまま退職した人も何人もいます。子どもが複数で仕事を継続している同期は短時間勤務の制度を使っていますが、これもどの職場にもあるわけではない。

朝早くから夜まで子どもを食事つきで預かってくれる保育所を利用している別の女性は「私の給料、ほとんど保育料で消える」「その保育所のママ友にはお医者とか弁護士が多い」とのこと。

こういう苦労をしているのがほとんど女性(私の交流範囲では)というのも、大きな問題のひとつですね。ちなみに私もその問題の当事者の一人です(6歳と2歳の子どもがいて、妻は働きたい気持ちがあるが専業主婦。)。


社会保障、現役・子育て世代には?

結婚観や労働をとりまく環境が変わっても、女性が働きやすい環境は変わらないどころか悪化している。これは政策のまずさというものもあるのかもしれませんが、もう一つの大きな理由があるようです。


対GDP比の現金給付の割合・()内は現役世代向けの割合(宮本太郎「生活保障 排除しない社会へ (岩波新書)」(2009年))

  • 日本 9.7%(16%)
  • アメリカ 8.4%(26%)
  • イギリス 9.8%(43%)
  • スウェーデン 15.4%(48%)
  • ドイツ 16.3%(29%)
  • フランス17.4%(31%)
  • イタリア16.5%(16%)


受け手からすると一番自由度が高くてありがたい現金給付、日本はそもそもその率が少ない上に、現役世代には2割以下しか配分されていない、つまり原資の多くが老人福祉にまわっているというわけですね。現金給付だけが子育て支援ではありませんが、この尺度ではこういう結果だ、ということです。

現役世代がまずやるべきことは、必ず投票に行くってことなのかもしれません。

衆議院議員総選挙年代別投票率の推移(明るい選挙推進協会



以上、ここ40年の女性の労働をとりまく社会の変化と政策の関係について、本書から少しつまみ食いさせていただきました。この問題はもっといろいろな角度から検証できるでしょうし、具体的な対策もご紹介できていないのですが、問題を把握するとっかかりのひとつになればと思いメモした次第です。


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