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地域社会の魅力度を簡単に測定する方法とは?−根本祐二「『豊かな地域』はどこが違うのか」

「豊かな地域」はどこがちがうのか―地域間競争の時代 (ちくま新書)

日本の「地域」の成功例・失敗例と、その理由を分析した本です。

それらの事例をわかりやすく物語的に書いてくださっているので、その部分だけでも興味深く読めたのですが、本書の一番の特徴であり私も感心したのは、根本さんが提示する「地域の人が気づいていない(かもしれない)ことを簡単に見つける」方法です。



人口増減図

それは、年代別の人口増減図(コーホート図)。魅力のある地域には人が集まるというシンプルなセオリーをシンプルに描き出す方法です。さらにそれを年代別に行えば、それぞれの年代の人にとって魅力的な(あるいは魅力のない)地域なのかがあぶり出されるというわけです。

しかも、年代別の人口はネット上で簡単に入手できます(自治体のサイトや国勢調査データ)。その増減を見るだけなので素人でもすぐに分析可能とのこと。ということで、私が生まれてから20代半ばまで住んでいた奈良県生駒郡斑鳩(いかるが)町と、結婚以来今まで14年間住んでいる兵庫県西宮市の年代別人口増減図を作ってみました。たしかに、データ検索時間も含め1時間もかかりませんでした。



人口増減図

注:この表の「年代」について:例えば「20〜24」は、2010年に「20〜24歳」だった人のことであり、2005年には「15〜19歳」だった人たちのことです。



共通点

  1. 14歳未満は増加傾向
  2. 25〜29歳は大幅に減少
  3. 30代は増加
  4. 45歳以上は減少傾向、ただし減少率は比較的小さい

ここから言えることは、どちらの地域も、まず子育て世代が魅力を感じる地域であるということ。社会人になったら地域を出て行く人が多い、つまり地域に新社会人を受け止めるほどの雇用はない(いわゆる大都市ではない)こと、お年寄りに人気がある地域とは言えないが、出て行きたくなるほど不人気でもないということ、でしょうか。

たしかに、西宮市は関西では人気のある街で、リクルート系の不動産サイト「SUUMO」の「2013年版 みんなが選んだ住みたい街ランキング 関西版」では、住みたい地域(駅)の1位と5位が西宮市内にあり、住みたい行政市区の1位も西宮市という結果になっています。このランキングが「不動産サイト」(家を探している人が見る)の「Webアンケート」(ネットに慣れた世代が投票)によるものであると考えると、「子育て世代に人気のある街」という人口増減図の結果を裏付けている、と言ってもいい気がします。なお、すでに子どものいる世帯に限定した集計では、住みたい地域(駅)の1位と3位、住みたい行政市区の1位が西宮市です。加えて、表の右端にあるように、総人口が斑鳩町はわずかながら減っている(日本全体の人口も)のに対し西宮市は増加している*1以降こともこの人気を裏付けているのかもしれません。

斑鳩町は、「生駒郡」内にあるということでどんだけ田舎なのかと思われそうですが(まあ田んぼとかそこら中にありますが)、実はJRで天王寺駅まで直通で20分程度、大阪駅まで直通で40分程度と大都市圏への通勤がしやすく、子育て世代のベッドタウンとしてそれなりの魅力はある街なのかもしれません。私が小学生だった70年代後半も、クラスに新転校生が10人以上いた記憶がありますし、小学校が4年間で1つから3つに増えたりもしました。子育て世代の流入はその頃から始まっていたのでしょう(その頃は、日本全国の「ベッドタウン」で同じような現象が見られたのでしょうね)。


相違点

  1. 斑鳩町は5〜9歳の増加率が西宮市より10ポイントほど高い。斑鳩町で最も増加率の高い年代である。
  2. 西宮市は15〜24歳の増加率が最も高く、斑鳩町では最も低い。その差は20ポイント以上。

1.の違いはなぜなのかよくわかりません。斑鳩町の人の方が子どもを短期間に多く持ちやすい、のかな?

2.の違いは、斑鳩町に大学がない反面、西宮市には大学が短大含めて9つあり、その内ひとつはいわゆるマンモス校である関西学院大学(2013年度在籍者数約23,000人下宿生率27%)ということにつきると思います。なお、高校に関しては、斑鳩町1校に対し西宮市17校、人口差も西宮市は斑鳩町の約17倍なので差がないのかもしれません。年代の区切りが15〜19歳ということで高校のみの影響がわかりにくいため、なんとも言えません。


以上の推測は、両方の地域に住んだ自分からすると驚く要素は特になく、言ってみれば当たり前の結論です。でも、逆に言えば「世代別人口増減図」にはそれだけ地域の実情をダイレクトに映し出す力があるということなのでしょう。



本書で取り上げられている事例

人口増減分析以外の記述も興味深かったので、簡単ですがメモします。

  • 大分県の豊後高田商店街は、一時期「猫しか通らない商店街」と言われるほどさびれていたが「昭和の町」のコンセプトで復活した。成功のポイントは「地域資源にこだわらない(豊後高田にしかないもので町おこしをしたわけではない)」「全員合意ではなく賛成してくれる人から始めた」。しかし、人口増減図に現れるほどの効果とはなっていない。
  • (地域事例とは少し離れた話題ですが)東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド社の売上のうちチケット収入は4割に過ぎないが、一人当たりの飲食額は2,205円、商品販売は3,796円にものぼっている。ディズニーリゾートの実体は巨大ショッピングセンターであり、アトラクションは支出をさせるための装置。
  • 夕張市は、石油ショックの時期に石炭再生を地域再生に結びつけたり、観光産業を基幹産業にしようとするなど、合理性のある政策を市長のリーダーシップのもとに推進した。決して怠慢だったわけではない。しかし、民間の炭鉱病院を市立病院にするなど「民から官へ」の流れが歴史に逆行していた。
  • 木更津市の人口は子育て世代を中心に年々増加している。東京湾アクアライン開通後人口減少がストップし、アクアライン通行料値引き以降増加に転じ、アクアライン近くのアウトレットモールは盛況。一方で、駅前の衰退は加速している。市全体では確実に時計が進んでいるが、駅前は時間が止まったままである。


その他、長野県下條村の村長のリーダーシップに基づくユニークな自立の取り組み、大阪市此花区におけるユニバーサルスタジオジャパン設立の舞台裏(著者が直接関わった案件なのでリアルな経験談が読めます)なども興味深いものでした。人口増減図という分析手法とその活用例、そして地域を巡る事例の両方から様々な学びや気づきが得られる本でした。

*1:長期的に見ても、1995年の震災で約9%減ったがその後2012年までに24%増加。出典:西宮市サイト


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