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なぜ日本人とドイツ人は似ているところがあると言われるのか?なぜ共産主義はロシア・中国で受け入れられたのか?


日本人とドイツ人は似ているところがあるという話を時々見聞きします。勤勉で時間を守り、戦時中は全体主義(的)な政治が行われたが、戦後製造業などの躍進で急速な復興を遂げた、・・・など。個人的には、まあこの2国はラテンの国よりは似てる気がするな程度の認識でしたが、でもなぜ日本人と似ているのが同じヨーロッパの国でもドイツ人であってスペイン人やイタリア人ではないのだろう。そういう疑問はずっと頭の片隅にありました。

そういった私の疑問に加えて「なぜ共産主義は西ヨーロッパや極東よりもロシア・中国などで受け入れられたのか」などの疑問にもまとめてシンプルに答えてくれる人がいると聞き、その人エマニュエル・トッドの本*1を読んでみました。

家族制度がイデオロギー傾向に影響する

結論から言ってしまうと、答えは「家族制度」なのだそうです。つまり日本とドイツ、ロシアと中国は似通った家族制度を持っており、それぞれにイデオロギー的傾向があるとのこと。まずは以下をご覧下さい(管理人によるまとめです。)。

1. 直系家族

  • 親:権威あり
  • 兄弟:不平等
  • 家族制度の例:子どものうち跡取りだけが結婚後も家に残る。その他の子どもは家を出る。
  • イデオロギー傾向:自民族中心的権威主義
  • 地域例:日本、朝鮮半島、ドイツ語圏、スウェーデン、ノルウェー、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、イングランド西沿岸部、ルワンダ、ユダヤ民族

2. 外婚制共同体家族※

  • 親:権威あり
  • 兄弟:平等
  • 家族制度の例:子どもは結婚しても親の家に住み続ける(大家族になりがち)。遺産は平等に分配される。
  • イデオロギー傾向:共産主義
  • 地域例:ロシア、中国、ベトナム、北インド、フィンランド、イタリアトスカーナ地方、ブルガリア、旧ユーゴスラヴィア

※内婚制共同体家族(共同体家族だが、いとこ婚が珍しくない)はアラブ圏に多い

3. 平等主義核家族

  • 親:権威弱い
  • 兄弟:平等
  • 家族制度の例:子どもは成人すると家を出て独立の世帯を持つ。遺産は平等に分けられる。
  • イデオロギー傾向:平等主義的個人主義
  • 地域例:パリを中心とする北フランス、イベリア半島の大部分、イタリア北西部、ポーランド、ルーマニア、ギリシャ、ラテンアメリカ諸国

4. 絶対核家族

  • 親:権威弱い
  • 兄弟:不平等(無関心)
  • 家族制度の例:子どもは成人すると家を出て独立の世帯を持つ。遺産の分配は親が遺言で決める。
  • イデオロギー傾向:自由主義的個人主義
  • 地域例:イングランドの大部分、オランダの大部分、デンマークの大部分、フランスのブルターニュ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ


笑ってしまうくらいにきれいに「民族性」が整理されていますね。例外もありますが、イデオロギー、特に2.の共産主義は見事にあてはまっています。家族制度そのものも、「親(政府)が権威を持ち、子(国民)は平等(表向きは)」というのはまさに共産主義です。

でもイタリアのトスカーナ地方も入ってるよ?実は近年まで西側最強の共産党はイタリアにあって、その強固な地盤はトスカーナだったそうなのです。トッド自身も、各地域の家族制度を整理しているうちにまずこの2.と共産主義の一致に気づいたのがこの説の始まりだとか。

ちなみに、世界の家族制度は上の4つだけではありませんが[アフリカなど]、私自身の興味が上の4つに限られたのでそれしかメモしていません。また、今の私の英語の先生がスコットランド人なので訊いてみると、たしかにスコットランドはかつて長男がすべて相続していた、でもイングランドもそうだと思ってた、とのことでした。


家族制度の歴史

さて、この家族制度。今や日本も含め、先進国のほとんどは3.か4.の核家族に移行しつつあるようですが、そもそもはどういう経緯で家族制度に違いが生じたのでしょうか。

実は、その地域的分布からして、共同体家族が最も新しいのだそうです。これは意外でした。近代的イメージが持たれていそうな絶対的核家族は実は比較的古い家族制度だったのです。

なぜそう言えるのか。共同体家族は主にユーラシア大陸の中心に、直系家族や核家族は「周辺」に位置しています。これは、新たに中央で発生した制度が順に広がっていったことを示すそうです。

ではなぜ共同体家族が他の家族制度を「駆逐」して広がっていったのでしょう。それは、この家族形態が軍事的組織化に適性を持つからだといいます。確かにこの4制度の中では一番軍隊っぽい気はします。


産業革命はなぜイギリスで起こったか

さて、その「共同体家族」の国々は、現代において「世界を動かしている」感はありません。規模や軍事力はともかく、政治経済では世界のリーダーシップをとっているのは絶対核家族の国(というかアメリカ。その前はイギリス)に見えます。これはなぜなのでしょう。

イギリスが世界のリーダーになったきっかけのひとつは産業革命かなと思うのですが、本書では、その産業革命がイギリスで起こった理由について以下のように説明しています。

  • もともと大衆的識字化(産業労働に必要)については直系家族が先進的だった(その理由については書かれていなかったか、読み落としました。)。
  • しかし一方でイングランドは絶対核家族のため子どもの早期旅立ちという要素があり、可塑性に富んでいるので農民を根こそぎにする点で有利だった。

ということだそうです。あとは私見ですが、産業革命に限らず、絶対核家族は新たな世の中の変化への対応力が他の家族制度より高い気がします。過去に比べると軍事力よりも経済力が国の強さを支えるようになった現代では、絶対核家族に強みが出てきたということなのかもしれません。

(産業革命がイギリスで起こった理由については、↓のメモでも取り上げています。)

ただし、トッド自身は、だからといって世界はすべて絶対核家族になっていくという考えには真っ向から反対しています。彼はヨーロッパ統合にも懐疑的ですし、日本やドイツの政治システムがアングロサクソンの政治システムと同じように機能することもない。家族システムのあり方はたしかに変化しているが、ひとつのシステムに収斂するということはない。実際の家族制度が変容しても、価値体系は消滅していない・・・などとかなり熱く語っています。


現在も残る価値体系

さて、上のトッドの説は、読んでいてその根拠が(少なくともこの本では)はっきり示されていなかったように感じたのですが、「価値体系が消滅していない」という点については明確な根拠が示されていました。

それは移民との同化についての各国の傾向です。1990年前後の移民受け入れ国と移民との結婚率は以下のとおりだそうです。

  • フランス人とアルジェリア人:25%
  • ドイツ人とトルコ人:2%
  • イングランド人とパキスタン人:測定不能なほど少ない(ただしパキスタン人はいとこ婚の率が50%もある内婚制であることも影響していると考えられる)

平等主義核家族のフランスは、移民との同化がかなり活発で、直系家族のドイツはかなり少なく、絶対核家族のイングランドはさらに少ないということですが、これは各国の植民地政策とも同じですね。フランスは一般的に直接統治/同化政策(植民地の人々に本国と平等な権利を与えようとする[たいてい不完全だが]が、文化の押しつけとも言える)、イギリスは間接統治(植民地の元々の指導層を支配することで植民地全体を統治、文化の押しつけ度合いは同化政策より低いが、植民地の多くの住民はほったらかしとも言える)だと言われていますから。参考:平凡社「世界大百科事典」

ただ、トッドは、以上の「家族制度と価値体系の一致」については決定論ではなく、あくまで統計から導き出されたものであるとの考えも示しています。

さて、この本を読んで新たに湧き起こった疑問があります。それは、「なぜその家族制度がその地に根付いたのか」です。かつて共同体家族が力を持ち拡大していったのはわかりますが、完全に「ユーラシア中心部は共同体家族、周辺は核家族」というふうにはなっていません。これはなぜなのか。実はトッドは本書で、異なった家族形態はどこから来るのか、その起源はどこにあるのかを突き止めることに関心があると語っています。本書は2001年発行。その後、トッドは答えを出せたのか?これから調べてみます。


その他

その他に興味深かった点をメモします。

  • 統計的に言って、直系家族(日本等)の国は自分を特殊で異質な存在とみなす傾向がある。しかし直系家族の地域は世界的に見るとひとつではないから、実は特殊ではない。
  • 対談での速水融氏の発言:日本にも末子相続の地域はある。西南日本が中心。東の端は諏訪。
  • トッドとローラン・サガールの共著エッセイ:直系家族の変種に中央チベット人、ラダキー族、ニンバ族の家族制度がある。長男が結婚すると、次男以下は長男の妻に性的に接近できる(兄弟間一妻多夫制)。


関連メモ:日本人?論

関連メモ:日本人の意識調査

関連メモ:おもしろかった本・まんがのメモリスト

*1:エマニュエル・トッドのこれまでの研究成果を日本人学者がまとめ、トッドとの対談などを含んだ日本独自編集本です。


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