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小熊英二「社会を変えるには」

社会を変えるには (講談社現代新書)

今までの小熊さんの本といろいろ違っていました。である調ではなくですます調。引用情報のソースは最低限にしか示さない。なにより、「で、どうすればいいのか」が以前の本に比べると明確に書いてある。これらの体裁から、より「幅広く読んでほしい」という小熊さんの思いを感じることができました。


おおまかな構成

  • これまでの社会運動の歴史(主に日本)
  • これまでの思想の歴史(主に西洋)
  • 最近の社会の変遷
  • 以上を踏まえた上で:社会を変えるとは何か、社会を変えるにはどうすればよいか、でもこれは「こうすべき」ではなく「こういうやり方もある」だから、自分でもよく考えてね

という感じでした。*1


私がこの本から理解した小熊さんの考え

  • 人間、「わたし」と「あなた」で問題を考えがちだ。これは「わたし」と「あなた」が不変だ、「男」「女」「母子家庭」「失業者」という枠の中では同じだ、という前提に立っている(個体論)。
  • しかし、対話をしていくことで、お互いが作り作られていくことができる(弁証法)。「対話をして人が納得するのは、対話の前と後で、お互いが変化し、より高い次元に至ったと思える時です。」(止揚)。
  • アンソニー・ギデンズは、近代以降は自由が増大することで「作り作られていく」度合いが高まり、安定化をなくした社会になっている、と考えた(再帰性の増大)。
  • ではどうすればよいか。万能の解答はないが、ギデンズは「再帰性には再帰性をもって対処する」と述べている。つまり対話の促進だ。
  • 具体的には、デモ。かつてのようにリーダーが組織的に行うものではなく、鍋料理のような全員参加のデモ。デモのよい点は、楽しいこと。参加者みんなが生き生きとしていて、思わず参加したくなる「まつりごと」が民主主義の原点。
  • 社会を変えるには、あなたが変わること。あなたが変わるには、あなたが動くこと。


私の疑問と思い1・デモと選挙・ロビイングの違い

小熊さんの思いに対して、私の基本的な受け止めは、声をあげることは大事、ってことです。そもそも私も、声をあげるべき相手からすると「声をあげない=現状に不満はあるけどまあいいか」ではなく「声をあげない=現状を積極的に認めている」と思われるくらいのものだと思っているので、このことの重要性はすごくよくわかります。デモの意義や重要性も理解できたつもりです。

で、その上での疑問があります。

まず、デモと投票・ロビイングとの違い、というかこの二つに対してデモはどう有効なのか?という点。これは本書に説明がありました。「選ばれたりロビイングされたりする政治家だけでは世の中は変えられなくなってきた 政治家まかせでは世の中は変えられない=投票やロビイングと違い、デモには「盛り上がり」がある。参加している気持ちが高まり、「みんなで決めた」という納得感が得られる。このことが重要。」

これは腑に落ちました。


私の疑問と思い2・市場は信頼できないのか?

次の疑問は市場は対話じゃないの?というものです。消費者は数あるお店・サービス・商品などを選択した上で買い、提供側はそれを元手に新たな商品を市場に出していく、これは「対話」ではないのか。それで価格や流通量、商品やサービスの発展がなされるのでは?と思ったわけです。

これに対して本書は「新自由主義再帰性の増した社会では人気があります。私の考えを言えば、いろいろなことが信じられなくなるからです。」としていて、これは受け入れられましたが、「多くの市場万能主義者は、人々が相互信頼や慣習やルールを大切にしていて、政府の規制を緩和して自由にしてやれば、『自主的な秩序』ができるはずだという前提に立っています。もちろんこれは、アダム・スミスいらいの考え方ですが、再帰性が高まった社会では成立しにくくなっています」と書いてあったのですが、私はこれは受け入れることができませんでした。成立しにくくなっているのかな?

もちろん市場は万能ではなく、公害や金融危機など様々な問題も引き起こします。国や業界によっては消費者の自由な選択ができない、本来の市場になりえていない「市場」もあります。しかしそういった問題には「声を上げて」修正していけばいいのでは、と思いますし、今までもそうしてきたのだと思うのです。

ナチスは、当時もっとも民主的と言われたワイマール憲法の下で民主的な選挙によって選ばれています。しかしそれをもって「選挙・民主主義という仕組みは誤りで、別の方法をとるべき」とは現時点ではなっていません。全否定ではなく、反省し修正して今に至っているわけです。市場も同じなんじゃないかな、と思ったのですが、違うかな。


まあ、こうやって考える機会をもらえたのが、この本を読んで一番よかったことかな、と思っています。

*1:最初の二つは、知識を得る愉しさと、それ以降の理解の掘り下げには有用ですが、「社会を変える方法」を知りたいだけなら後回しでいいかもしれません。


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