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働きバチが子孫を残さないことがなぜ「最も合理的」なのか-リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」

【2018年3月13日更新】

「偉大な本とは、読んだ後世界が変わって見えるような本のことだ」という言葉をどこかで聞いたことがあります。

その定義に従うとすれば、間違いなく私にとってこの「利己的な遺伝子」は偉大です。生物にとって一番大事なことは何か?生物は何のために存在するのか?という非常に大きな問いについて納得のいく答えを示してくれたからです。

その内容を、私が感じた疑問とこの本に書かれてあった回答(要約)の対話形式でメモします。

なお、これから取り上げることは、「生き物はどうプログラムされているのか」ということであって、「人生にとって大事なこととは」「人はどう生きるべきか」ということではない、ということを初めに申し上げておきます。


子孫を残そうとしているのは誰?

冒頭に挙げた「生物にとって一番大事なことは何か?生物は何のために存在するのか?」という問い。それほど難しいものではない、常識ではないか。そんなふうに感じた方もいらっしゃると思います。

答えは「自分が生き残って子孫を残すこと」ではないか。自分(個体)が大事、そして子孫を残す。当たり前のことだ、と。私もそう考えていました。

しかしよく考えてみると、仲間を守るために死ぬ人間がいます。群れのために犠牲になる動物がいます。では大事なのは「種」なのか「群」なのか?

そして、ミツバチや他の一部の昆虫の中には、子どもを作らずただ自分の命を犠牲にする働きバチがいます。これは自己犠牲がプログラムされています。これをどう説明するのか?

本書でのリチャード・ドーキンスの回答はこうです。

「生き残って子孫を残そうとしているのは、生き物の個体でも、群でも、種でもない。遺伝子だ。これですべての説明がつく。」

生物は遺伝子の乗り物に過ぎない。遺伝子が生物を作り、生物は遺伝子の利益のためにプログラムされている、というのです。

その考えに基づくと、冒頭の「生物にとって一番大事なことは何か?」の答えは「遺伝子を残し増やすこと」になるし、「生物は何のために存在するのか?」に対しては「遺伝子を残し増やすための道具であり乗り物」になります。

なぜそう言えるのでしょうか。少し具体例を挙げてみます。


「生物は遺伝子の乗り物」説で説明がつくこと(1)-家族を大切にする理由

近縁度

説明がつくことの筆頭は、「なぜ人間をはじめ多くの生き物は子どもや家族を大切にするのか」です。

人間や動物の多くは、遺伝子を父母両方から半分ずつ受け継ぎます。だから、親の遺伝子の半分は自分と同じです。この遺伝子の共通度合い(どれだけ自分と同じ遺伝子をもっているか − 本書では「近縁度」という言葉が使われています)がこの問いへの回答のかぎになります。

「生物は遺伝子の乗り物」という観点に立つと、遺伝子にとっては「自分」と同じ遺伝子がたくさん乗っている乗り物を大事にしたほうが有利です。だから生き物は自分と近縁度の高い乗り物(筆頭は家族メンバー個々)を大切にするようになる、というわけです。

叔父伯母と孫

さて、この近縁度を整理すると、親子・兄弟1/2、叔父伯母・姪甥・祖父母・孫1/4、いとこ1/8となります。上記の理屈ではこの「近縁度」と「大事にしたくなる」欲求は近くなるということになりますが・・・これには違和感を感じる方も多いのではないでしょうか。

これを見てまず一番に違和感があるのは「自分が叔父伯母を大事にしたくなる欲求と孫を大事にしたくなる欲求は同じか」という点です。また、兄弟と自分の子どもを大事にしたくなる欲求が同じとはいえない、という人もいるでしょう。これはどう説明できるのか?

それは、「子供のほうが平均余命が長いので『乗り物』をメンテする意義があるから」です。なるほど。

一卵性双生児、血のつながっていない孤児、群れを守る鳥

そうなると、

  • Q:一卵性双生児は?自分とまったく同じ遺伝子を持つ人間は、自分と同じくらい大事に思うのか?
  • A:いやいや、相手が自分の本当の兄弟という保証はない。ひょっとしたら一卵性双生児ではないかもしれない。自分は自分で100%確実に自分の遺伝子がある(当たり前)。だからやっぱり自分が一番大事。

え、でも、

  • Q:サルがたまに(血のつながってない)他のサルの孤児を育てることがあるらしいよ?
  • A:これは「規則の誤用」だと思われる。サルにも子どもを見たりその他いろんな状況が重なったら(スイッチが入って)その子どもを世話したくなるプログラムがあるんだけど、それが本来の目的とは違って使われている。本来こういう「誤用」が多いと、そういう個体は自分の遺伝子を残せないのでプログラムがなくなっていくんだけど、このサルの例はめったにないことだから淘汰されずに残っている。

じゃあ、

  • Q:群れの中で、捕食者が来たことを知らせる鳴き声を上げる鳥はなぜそうする?自分が食べられるかもしれないのに?
  • A:この警戒音は、発信地点を特定しにくい物理的特性がある(P・R・マーラーの研究より)。一方で、群れには自分に似た遺伝子は多いので守る利益はある。だから「みんなのために声をあげる」。

ここまでのやりとりは、私も「なかなかおもしろい。よくできてる説に思える。でもまったく納得するかと言えばそうではないかな」という感じでした。しかし、次にメモする働きバチの話、これは見事でした。


「生物は遺伝子の乗り物」説で説明がつくこと(2) ー 働きバチの「自己犠牲」

Q:働きバチは子供をつくらずひたすら働き女王を世話する。ミツアリの一種は、子供をつくらず自分が蜜タンクになってただ群れに奉仕し一生を終える。両者とも子どもはつくらない。これらの個体の遺伝子は何の得があってこんなことをさせるのか?「他人」に奉仕だけして自分の遺伝子を残さないのはなぜか?

A:

  • ハチやアリの仲間においては、オスは未受精卵がそのまま孵化して生まれるので、母親の遺伝子しか受け継いでいない。
    • だからこのオスの作る精子は父母の遺伝子の混ざり合いがなくどれも同じ遺伝子で構成されている。
  • 一方メス(働きバチ)は普通の動物と同じで父母両方の遺伝子を持っている。
    • だから働きバチの姉妹間においては、母親譲りの遺伝子の共有確率は50%だが、父親譲りの遺伝子の共有確率は100%。
  • したがって、同一父母に由来する姉妹(働きバチ)の近縁度は3/4になる。
    • つまり、メスの場合、自分の子供(近縁度1/2)よりも姉妹のほうが近縁度が高いということになる。
  • だからメスは、子供をつくらず母(女王バチ)を世話して妹をたくさん産ませるほうが自分の持っている遺伝子を効率的に広めることができる。

要するに、働きバチ姉妹の近縁度は他の動物一般の兄弟姉妹の近縁度とは異なるので、とる行動も違ってくるという話です。働きバチは一見すごく「自己犠牲的な生き方」をしているけど、実は自分に近い遺伝子を残すために「合理的な生き方」をしているというわけです。

なるほど!本書のこの部分を読んだときの衝撃は今も思い出せるほどです。実に見事。

そして他にもまだ、この「生物は遺伝子の乗り物」説で説明がつく話があります。


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「生物は遺伝子の乗り物」説で説明がつくこと(3)-何のために存在するかわからない遺伝子が多い理由

「遺伝子は無駄に多い」という事実。人間も含めた生物の遺伝子には、何のために存在するのかわからない、つまり個体に特に作用しないものがかなり多いらしいのです。

従来はなぜこういう「無駄な」遺伝子が存在するのかよくわからなかったのですが、本書の説に基づけば「だって遺伝子が主役で生物は乗り物なんだから当然でしょう」となりますね。


20年前にはじめてこの説に触れた時は、文字通り世界がそれまでとは違って見えました。世の中の生き物全体は生き物自身が生命を謳歌し生き残りをかけて一生懸命になっている -ここまでは変わらない- でもその後ろでは遺伝子が手綱を引いている。そして、最初の生命から人間までの進化マップ(図鑑などに出ている系統図とか)にも遺伝子のイメージがどんと出現、そんな感じです。冒頭に書いたように、ここまで劇的に「世界を変えて見せた」本はそれ以後数冊しかありません。

さて、この本では、これまでメモした「生き物は遺伝子の乗り物である」という話に加えて、「生き物はどこまで自分中心になって、どこまで他に協力するのが合理的か」という問いについても、興味深い回答を提示してくれています。


もっとも合理的な助け合いのしかたとは

助け合いはなぜするのか

今までの話をもとに考えると、とにかく自分や近縁者の利益だけを追求していくのが合理的ということになりそうだが、実態は違います。たとえば・・・

  • Q:動物はお互いに自分の体についたダニを取り合ったりしている。なぜ助け合うのか?
  • A:相手のダニを取ってやるのは自分にとって確かにコスト。でも相手がこちらのダニをとってくれればそれはこちらの利益になる。相手にダニをとってもらいながらも恩を返さないのが短期的にはもっとも利益が大きくなるが、そうすると相手はもうダニをとってくれないかもしれない・・・


助け合いの最適パターンは

ではさらに、Q:このようなジレンマはどう扱うのが一番効果的なのか?どこまで助け合うのが合理的なのか?

コンペ募集

アメリカの政治学者ロバート・アクセルロッドはこの問いに合理的で興味深い手法を用いてひとつの答えを導き出しました。

具体的には、コンピュータのシミュレーションで実験を行ったのですが、この戦略をコンペで募集したのです(このやり方自体が巧みで感心しました。)。

つまり、ダニをまずはとってあげるのか最初は信用しないのか、その後は恩を忘れるのか恩は返すのか、相手にされたことは忘れないのか根に持たないのか・・・など無限にある戦略を募集し、応募された戦略をプログラムにしコンピュータにかけるというやり方です。

果たして様々な学者がこれに応募しました。複雑なもの、単純なものなどその内容は多岐にわたりました。で、最終的にもっとも利益を得たのはどの戦略でしょうか。

最適パターン

勝利を収めたのは、驚くべきことに、もっとも単純で、表面的には巧妙さに欠けるものでした。

それはA:「最初は協力で始め、それ以降は前の回に相手がやったことを真似る」というものだったのです。

「まずは相手を信頼する。相手が協力してくれたらこちらも協力する。相手が裏切ったらこちらも裏切る。ただし一回だけで、次に相手が協力してくれたら以前の裏切りは忘れて協力し返す。」

これが結果的に利益を最大化する「最適パターン」なのでした。

高得点パターンの共通項

他に高得点をおさめた戦略に共通するのは「気がいい」こと。つまり自分から相手を背信しない(ダニをとってもらったのに自分はとってあげない、ということは相手が裏切らない限りしない)。

もう一つは「寛容」。相手に裏切られてもそのことを根に持たない(こちらがダニをとったのに相手はとってくれなかったとしても、それをすぐに水に流す)だったそうです。

まとめ:もっとも合理的な助け合いのしかたとは

まとめるとこうなります。

コンピューターの計算によると、自分のコストを最小限にし得られるリターンを最大化する助け合いの仕方は、

  • 最初は協力で始める(最初は信頼)
  • それ以降は前の回に相手がやったことを真似る(自分から裏切ることはないが、やられたらやり返す)
  • 相手が攻撃をやめればこちらもやめる(寛容。根に持たない)

これが単なるコンピュータの計算結果にすぎないのは重々わかっているのですが、意外な深さを感じてしまったのは私だけでしょうか。信頼や寛容って計算しても「合理的」なんだなと感じてしまった次第です(こういう感じ方は科学的ではないのでしょうが)。


この本の面白さ

さて、Q:私たちが単に遺伝子の乗り物だとわかったとして、それが自分の幸福と関係があるのか?という問いを持たれる方もいらっしゃるかもしれません。そんな理屈が何の役に立つの?どう受け止めればいいの?

これについては、個人的にはこう考えています。

A:
この「理論」は、何ら道徳的なものでも、実用的なものでもありません。
上述の近縁度から、自分の子はいとこより4倍大事だと決めつけたり、戦略コンペから「気のよさと寛容ささえあれば有利な人生が送れる」ことがわかったわけでもないのです。単に好奇心を満たすだけのものにすぎません。
しかしこの本以上に、古今東西の人間が持ち続けていた謎「生物は何のために存在するのか」に明解な答えを与えてくれるという興奮を得られる本はそうありません。私は、それこそが本書の価値だと思っています。



関連メモ

遺伝関係の本の要約・感想リンク集。約10冊。「氏か育ちか」研究結果、遺伝を意識して行われた政策など。


リチャード・ドーキンスの他の本。


興味深かった本の要約・感想リンク集。約350冊。


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