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朽木ゆり子「フェルメール全点踏破の旅」

フェルメール全点踏破の旅 (集英社新書ヴィジュアル版)


世界に37点(諸説あり)あるフェルメールの作品をすべて観ようと世界を旅した記録です。実際は4枚を残してはいますが、それでも33枚。世界とはいってもヨーロッパとアメリカだけですが、それでもなかなかできないことです。

なので、読む前は、これは旅行記なのだと思っていました。しかし実際は、コンパクトかついろんな角度からフェルメールの作品を楽しめるガイドでした。旅がメインなのではなく、あくまでフェルメール作品がメインなのです。



具体的には?まず、所蔵美術館についての情報が豊富なこと。建物の写真などもあり、こういうところにこの作品が展示されているのか、とイメージがわきます。

作品の来歴も記されています。この画がどういう道のりでフェルメール本人からこの美術館にやってきたのか。有名な話ですがナチスが絡んだ画がいくつかありますし、テロの一環として盗難にあった作品もあります。フェルメールで一番有名な作品と思われる「真珠の耳飾りの少女」が1881年の時点でも2ギルダー30セント(Wikipediaによると3000円程度)という非常に安価な絵だったというのは驚きでした。



美術コレクターについても興味深い逸話がありました。例えば・・・ニューヨークにある、コレクターの遺志により他館への貸し出しが行われていないことで知られるフリック・コレクション。この美術館の創立コレクター、ヘンリー・クレイ・フリックは、ワシントンのナショナル・ギャラリーのコレクターである著名大富豪アンドリュー・メロンと知り合い。大富豪で美術品好きという点では共通しているが、メロンはロンドンのナショナル・ギャラリーを観てアメリカにもこういうものを、とワシントンにパブリックなナショナル・ギャラリーをつくる。一方フリックはウォレス・コレクションを手本に個人美術館フリック・コレクションをつくるなど、正反対の面もある。フリックはアンドリュー・カーネギーとカーネギー製鋼を立ち上げたりUSスチールを設立したりとビジネスでは成功したが、子ども二人を幼くして亡くす(そのうち一人は、原因不明の痛みが原因で6歳で亡くなったが、死後に2歳の時に誤って飲んだ針がもとだったとわかった)。そのため社交嫌いになった彼の美術館は、非常にプライベートな雰囲気がある・・・など、ちょっとフェルメールからは離れるものの、所蔵美術館にどんな背景があるのかを学ばせてくれます。



肝心の作品についてもいろんな記述があります。「デルフトの眺望」は朝7時10分ごろの風景であるとかいうトリビアから、多くの作品にひそむ寓意(楽器が描かれていればそれは男女間の愛を表す、とか)の解説もありますが、もっとも印象深かったのは、著者朽木さんの素朴で率直な感想です。違和感を感じるものにもすばらしさを感じるものにもストレートにそうコメントされています。例えば、「二人の紳士と女」では、右手に比べて左手があまりに雑なことを不思議に思い、私の大好きな「窓辺で水差しを持つ女」については、この女性が何をしようとしているのかわからない不思議な絵だが(水を窓の外に捨てようとしているのか?)、窓から光を招き入れるものと観ると俄然魅力的になってくる、などです。

デルフトの眺望
デルフトの眺望
二人の紳士と女
二人の紳士と女(ワイングラスを持つ娘)
窓辺で水差しを持つ女
窓辺で水差しを持つ女


その中で私にとってもっとも印象的だったのは、フェルメールの作品は当時の風俗画家に比べて寓意も主題も曖昧で何を言いたいのかわからないが、実はそれこそが絵を魅力的にしている要素なのではないか、という指摘です。同時代の作品とセットになっている展覧会では、一見似ているような絵であってもフェルメールはやはり別格感ありまくりで、それはやはり画力の違いなのかなと思っていたのですが、それだけでなく、その曖昧さ、すべてを語ろうとしないスタイルにあるのかもしれません。当時の他の風俗画は、この果物は何を象徴していてこの楽器は何を象徴しているのでこの画はこういう教訓を示している・・・とそういうのが多いですからね。寓意もそれはそれでおもしろいのですが、そればかりだと辟易してしまいます。フェルメールはそうではありません。


このように、フェルメールの作品をいろんな角度から楽しませてくれるこの本。読み終わると、本物が観たくなります。もちろん現地の美術館で。


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