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日本の戦争敗因二十一ヵ条とは - 山本七平「日本はなぜ敗れるのか」

本書はフィリピンでの戦闘経験のある著者が、同じく戦中のフィリピンに技術者として派遣された小松真一氏の回想記「虜人日記」をもとに、日本が戦争に敗れた理由と、それが現代(本稿発表は1976年)にも継続していることを考察したものです。

まず著者は、小松氏の「虜人日記」の価値の高さを挙げています。この回想記は、小松氏が終戦直後に米軍の捕虜収容所で執筆したものなので「戦後」の影響が皆無の記録であること、そして小松氏が兵ではなく技術者として戦地に派遣されていたので軍を客観的に見ることができていることなどが理由です。

さて、その回想記に挙げられている敗因二十一ヵ条は以下の通りです。

敗因二十一ヵ条

一、精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた
二、物量、物資、資源、総て米国に比べ問題にならなかった
三、日本の不合理性、米国の合理性
四、将兵の素質低下(精兵は満州、支那事変と緒戦で大部分は死んでしまった)
五、精神的に弱かった(一枚看板の大和魂も戦い不利となるとさっぱリ威力なし)
六、日本の学問は実用化せず、米国の学問は実用化する
七、基礎科学の研究をしなかった事
ハ、電波兵器の劣等(物理学貧弱)
九、克己心の欠如
一○、反省力なき事
一一、個人としての修養をしていない事
一二、陸海軍の不協カ
一三、一人よがりで同情心が無い事
一四、兵器の劣悪を自覚し、負け癖がついた事
一五、バアーシー海峡の損害と、戦意喪失
一六、思想的に徹底したものがなかった事
一七、国民が戦いに厭きていた
一八、日本文化の確立なき為
一九、日本は人命を粗末にし、米国は犬切にした
二〇、日本文化に普遍性なき為
二一、指導者に生物学的常識がなかった事

本書では各項目について、小松氏の回想記と著者本人の経験を重ね合わせ考察を加えています。以下には、個人的にしっかり記憶しておきたい部分をメモしておきます。

一五、バアーシー海峡の損害と、戦意喪失

何その海峡?というのが私の最初の反応でしたが、やはり著者も大抵の読者にそういう反応があることを予測して、この項には丁寧な解説を加えています。バシー海峡とは、台湾とフィリピンに挟まれた部分なのですが、要はここに、沈められるのがわかっているのに兵をすし詰めにした輸送船を送り続け、実際に大量の兵が海の藻屑と消えた、ということだそうです。戦意はなくなるどころではないでしょう。

著者はこのバシー海峡の悲劇とナチの収容所を比較しています。この輸送船の押し込み率は、「ナチの収容所の中で最悪といわれたラヴェンスブリュック(引用者注:ラーフェンスブリュック)収容所の中の、そのまた最悪と言われた狂人房のスペースと同じ」で、この船が撃沈されたときは3,000人が15秒で海に沈むので、アウシュヴィッツの1人1分20秒よりも「高能率」とのことです。

しかも送り込んだ先のフィリピンは、小松氏の部隊でいうと、兵員24,000のうち本当の戦闘部隊は2,000名そこそこで、兵が来ても火器がないので戦闘に参加できない有様だったといいます。

なぜ日本軍は自軍の兵隊をこのように扱ったのでしょうか。著者の推測では、「機械的な拡大再生産的繰り返し」を行ない続けるのみで、「自らの意図を再確認し、新しい方法論を探究」するなどの行為に「敗北主義」のレッテルを貼っていた日本軍のやり方のためだろう、とのことです。さらに著者は問います。現代日本でも同じようなことが行なわれていないか、と。私の感覚では、競争が反映されにくい社会では、このような傾向が温存されやすいような気がしています。

一三、一人よがりで同情心が無い事

ルソンとミンダナオの間のビサヤ地区には、もともと非常に強い反米意識がありました(特に年配のスペイン系とイスラム教徒のモロ族)。なのに、彼らは日本軍を支援するどころか、反日ゲリラを組織し日本軍に打撃を与えています。

一方で、戦争前から日本人がいた地域では戦争前は日本人の評判がよかったり、小松氏はゲリラともきちんと対話・交渉を行ない生き延びているという記録も引用されています。
なぜ日本軍はフィリピンの現地人に受け入れられなかったのでしょうか。著者はその理由に敗因第一三条を挙げていますが、ここはもう少し深く考察してほしかったし、私もきちんと調べていかなければならないところだと思っています。

一六、思想的に徹底したものがなかった事

帰国がいよいよ決り、あと何日となると、今まで威張っていた連中が段々萎れてきた。彼等の心境を研究してみると、日本へ帰ってから生活してゆく自信がないからだ。今まで小さくなっていた社会的経験者、時代に合った職業、腕を持つ人だけが本当に明朗になり自信に満ちた喜びを昧わっている。今までこれらの人にけんもほろろだった連中は急に頭を下げ出した。面白い様でもあり、気の毒でもある。

「虜人日記」にはこのような記載があります。自分自身が依る術を持っている人間はどこでも強いものだな、と感じました。

一一、個人としての修養をしていない事

米兵と日本兵の教育程度を比較してみると、日本兵の方がはるかに上だ。日本兵には自分の名の書けん者はいないが、米兵にはたくさんいて、宇が書けてもたどたどしいのが多い。おもしろいのは英語の発音も米兵によってはかなりでたらめのが多く、それで日本兵のインテリにその発音はまちかっていると言われ、憤慌し大議論となリ終いに米将校に判決してもらう事になり、将校はPW(日本兵)に軍配を上げた。
 叉、医務室によく遊びに来たムーンという米兵に産まれはどこかと聞くと、帳の上に四角をかきその隅に丸を付けここが自分の町だという。何の事かさっぱり解らなかったが、よく考えれば米国の州の境界は緯度経度で区別しているので絵に描くと四角になるわけだ、四角だけいきなり書かれたのでは訳が解らないし、太平洋がどちら側にあるかも知らなかった。
 又、米兵に数学の問題、マッチの棒の考え物などさせると、なかなか解らずおもしろい。教育の程度は一般に低いが公衆道徳や教養は高いようだ。

教育程度は高くてもそれだけでは勝てない。当たり前ですが、時々忘れがちになります。


著者の挙げた敗因

結局はこれが一番納得度が高かったです。自分が参加する組織では、こういう兆候が現れたら軌道修正するよう働きかけていこうっと。そして可能なら、こういう組織には近づかなかったり、離れたりしていきたいと思います。

非常識な前提を「常識」として行動する
生命としての人間を重視しない
「芸」を絶対化して合理性を怠る(引用者注:銃火器の戦争に向けて日本刀を修練する等)
「動員数」だけをそろえて実数がない
恐怖心に裏付けられた以外の秩序がない
自己を絶対化するあまり反日感情に鈍感である


著者が一番言いたいことは、「日本はなぜ敗れ『る』のか」というタイトルに込められているのだと思います。


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