庭を歩いてメモをとる

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ロバート・B・ライシュ「暴走する資本主義」

暴走する資本主義

この本に書かれていることは明解で、次のようなものです。

1970年代以降、「消費者」「投資家」としての私たちは強くなったが、「市民」「労働者」としての私たちは弱くなった。

そのとおりだと思います。なんとなく日々の生活で実感していたことを豊富な例を挙げてはっきり文章にしてくれたのは痛快でした。

でもその論がずっと続いているというか、変わり映えしないところは少し退屈だったのも事実です。とはいえ、なるほどそうだったのかと思える箇所はいくつかありましたので、そこをメモしておきます。


グローバル化を引き起こした重要な要因は、冷戦に関連した輸送・通信技術の数々だった。貨物船や輸送機、海底ケーブル、鋼鉄製コンテナ、そして大陸間の電気通信を可能にする衛星。これらが地球上のある地点から別の地点へと物資を運ぶコストを劇的に引き下げたのだった。

ここで興味深いのは「鋼鉄製コンテナ」です。1967年には、日本とアメリカを結ぶコンテナサービスはなかったけど、1年後には7社がこのビジネスに参入していたし、世界的に見ても1970年から2000年の間でコンテナ市場は世界経済の3倍の伸びを示しているとのこと。普及のきっかけはベトナム戦争だったそうです。物資を安く大量に運ぶのにこういう基礎的な仕組みが大きな役割を果たしていたことを知りました。


大会社のCEOの手取りは平均的労働者の何倍なのか。1980年は40倍、1990年に100倍、2001年には350倍になっています。アメリカのCEOが手にする報酬は我々日本人を唖然とさせるような高額であることが多いですが、なぜそうなったのか。この本による答えは、CEOはそれに見合った利益を投資家にもたらしているから、だそうです。エクソンモービルの例では、CEOの報酬はエクソンの株を持っていた投資家にもたらしたリターンの4%に過ぎないそうです。それでもその額は6億4000万ドル。うーむ。著者も、「こうした経済学的説明は、CEOへの目もくらむような給与水準を社会的・道徳的に正当化する理由にはならない。」と書いています。


私たちの内なる市民が、内なる消費者・投資家に打ち勝つ唯一の道は、購入や投資を個人的な選択ではなく社会的な選択にする法律や規制をつくることである。例えば、労働法を改正すれば、従業員が団結して交渉を有利に進められるようになるが、私が購入する商品やサービスの値段が少し上がるかもしれない。

結局は政治の力が必要ということでしょうか。企業が以前より「強力」になったのも、そもそも政治の力のようです。この本によると、ワシントンD.C.の登録ロビイスト数(登録制度があるのか・・・)は、1975年に3,400だったのが2005年には32,890になっています。企業がそれだけ政治家に働きかけて、自分たちに有利な法律を作らせたということですね。

結局のところ、「市民」「労働者」である私たちに力をつけていくには、何をどうすればいいのでしょう。本書では明確な答えは出していませんが、私たちが政治参加をもっとしていかなければならないということなのかも、と個人的には考えました。


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