庭を歩いてメモをとる

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統合失調症の遺伝子はなぜ残っているのか、虐待の影響を受けやすい子とそうでない子がいるのはなぜか

(2018年2月10日更新)

前回に引き続き、印象深かったところをメモ。

統合失調症の遺伝子はなぜ残っているのか

統合失調症は、世界中どの民族でも同じくらいの頻度(1%)で発生する。

これは特別で、遺伝子に影響される多くの病気は、一部の民族に特有であるか、ほかよりはるかに多く見られる集団が存在するものである。

・・・ということは、ひょっとしたら、統合失調症になりやすくなる変異は古いのかもしれない。だとしたら、なぜこの遺伝子変異は淘汰されなかったのか?

軽度の統合失調症の人は、並はずれて賢く、自信と集中力のあることが多い。ジェームズ・ジョイス、アインシュタイン、ユング、バートランド・ラッセルにはみな、統合失調症の近親者がいた。

統合失調症は、通常は脳の機能に有益な遺伝的・環境的要因があまりに多く一人の人間に集まりすぎたせいなのだろうか。そう見ると、統合失調症になりやすくする遺伝子が死に絶えない理由も説明できるだろう。

統合失調症に関する個人的な疑問「遺伝が関係する病気なのに、なぜこの病気が存在し続けるのか?」に対する回答案を提示してくれています。そういう考え方もあるのですね。

ちなみに、こういう「有益な遺伝子変異でも、あまりにたくさん集中すると災厄になることがある」ことを「クリフ・エフェクト(崖効果)」というそうです。痛風もそのひとつで、尿酸は体に有益ですが、多すぎると痛風になります。

男性ホルモンと薬指の長さ・自閉症・免疫不全との関係

大多数の男性は人差し指より薬指の方が長く、女性は同じ長さであることが多い。

これは、子宮で受け取ったテストステロン(男性ホルモン)の影響によるものだ。薬指が異常に長い(テストステロン濃度が高い)人は、自閉症や読字障害、吃音、免疫不全になる危険性が高く、さらにその子供は男の子になりやすい。

薬指の話は知っていましたが、障害に関係するとは知りませんでした。

(テストステロンについての関連メモ。作曲能力との関係について。)


近親相姦タブーは子どもの頃の環境に影響される

アーサー・ウルフの研究によると、近親相姦タブーは生まれつきではなく、子供の頃相手と一緒に過ごす時間によって影響されるようだ。

中国では、花嫁を幼い頃から花婿の家に養子に出し、将来の義理の両親に育ててもらう「シン・プーア」という習慣がある。ウルフは、1万4000人におよぶ中国人女性の情報を集め、シン・プーアだった女性とそうでない女性とを比較した。

すると、前者の方が後者より2.65倍も離婚率が高かった。しかもそれは3歳以下で養子に出されたシン・プーアに限られていた。イスラエルやモロッコでも同様の事例が確認されている。

これらは、「育ち」の結果ともいえるし、特定の年齢で遺伝子のプログラムの準備ができ、その結果必然的に習慣が発現するという意味では、「生まれ」によるものともいえる。

そうなると、今度はシン・プーアという習慣がなぜ続いたのかが疑問ですね。ひょっとすると、人間の文化は、「適者生存」の効果が生物学的なそれよりも現れるのに時間がかかるんでしょうか。

花を怖がることはできない?

サルは、母親がヘビを怖がるのを見てヘビへの恐怖を学習する。これは母親が怖がっている様子を記録したビデオテープからでもそうなる。

そこで、スーザン・ミネカは、ビデオテープを編集して、母親が花を怖がる様子を子供に見せた。しかし子供は花を怖がるようにはならなかった。

これは、学習にもある程度本能の要素があることを示している。

「人間は白紙状態で生まれてくる」という説は現在かなり弱い立場に追い込まれているようですが、この実験結果もそれに拍車をかけそうですね。

しかし個人的に一番「白紙ちゃうやんけ」と思ったのは、ノーム・チョムスキーが提唱した生成文法の話ですね。この本でもちょこっと紹介されていました。

(生成文法関連のメモ)


虐待の影響を受けやすい子とそうでない子がいるのはなぜか

子供の頃虐待を受けても、暴力的に育つ子とそうでない子がいる。

これはモノアミン酸化酵素A(MAOA)遺伝子の活性の度合いによる。

活性の高いMAOA遺伝子をもつ子は、大人になってもあまり問題を起こさなかった。しかし活性が低い子は、虐待された経験があるとひどく反社会的になり、4倍も多くレイプ・強盗・暴行に手を染めた。しかし虐待されていなければ、むしろ平均よりわずかに反社会的な性向が弱かった。

読んでいて楽しい話ではないですが、本書の原題「生まれは育ちを通して」を的確に示した例だと思います。似た環境でも、どんな影響を受けるかはその人の生まれつきの要素による。しかし環境の影響も大きい、ということですね。


本書のおもしろさ・読みやすさ

こんなふうに、興味深い事例満載のこの本。著者の、事例リサーチ力+その配置の妙はすばらしいものだと感じました。

加えて、この著者は文芸にも詳しいようで、「新しい小説を書くのに、新しい言葉を発明する必要はない。ジェームズ・ジョイスでもないかぎり。」なんて比喩や引用が散見されます。

一方、生物学用語もたくさんでしたが、そういう表現の理解の助けとなったのが、簡潔で豊富な訳注です。これがなかったら、意味不明で読み飛ばした言葉・比喩だらけだったでしょう。翻訳者の中村桂子さんと斉藤隆央さんの配慮がありがたい一冊でした。



関連メモ

同じ著者の別の本。


「氏か育ちか」関連本の要約・メモ集。


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