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経済が早期に発展した国、遅れてキャッチアップした国、なかなか伸びない国の違いは何か - ウィリアム・バーンスタイン「『豊かさ』の誕生」(第2,3部)

「豊かさ」の誕生―成長と発展の文明史

第1部からの続きです(点線部分は、正確な引用ではなく、よしてるによる要約です。)。

この本の第2部では、経済が早期に発展した国(イギリス、アメリカ)、遅れてキャッチアップした国(フランス、スペイン、日本)、なかなか伸びない国(イスラム諸国等)の3パターンについて記しています。なるほど、と思ったところをメモ。

フランスはなぜイギリスに遅れをとったか?

今でこそ同じG7の先進国として見られているイギリスとフランスですが、イギリスが産業革命に入ったころはやっぱりフランスはその後塵を拝していました。その理由。

16世紀頃のフランスではレント・シーキング(創意工夫と勤勉ではなく特権で利益を得ようとすること)が盛んであった。聖職者になると課税の対象外だったからである。

科学的合理主義についていうと、1685年、フランスのルイ14世はプロテスタントの保護を撤廃した。これによって、フランスの科学者や腕のよい職人はオランダやイギリスに逃げてしまった。

プロテスタントに科学者や腕のよい職人がなぜ多かったのかははっきりとはわかりませんでしたが、この本に書いてあることが真実だとしたら、王の決定一つで国の運命が大きく変わるってことが改めてわかりますね。かつての中国が、ヨーロッパが大航海時代に入る前にアフリカまで船団を派遣するだけの力を持っていながら、皇帝の意向かなにかで急に船団派遣が中止されたことなどを思い出しました。


スペイン

スペインはあれだけ新大陸を占領・略奪しておきながらなぜ早期に発展しなかったのか?その疑問に対してこの本は簡潔に答えています。

新大陸からは金銀が、支配下の国からは献上金が流れ込んでくる中、王は通商や産業に気を配ることはなかった。このため、スペインの私有財産権は発達しなかった。

楽していけてるうちは努力をしないので伸びない・・・人間と同じですね、国家も。


オスマン帝国

17世紀には、オスマン帝国は自分たちの軍事技術がヨーロッパに比べてひどく旧式であることに気づいており、ヨーロッパから武器一式の輸入と軍事顧問の導入を実施した。工場もいくつか建てられた。しかし、財産権が確立していない中、大規模な事業を興して維持しようとするものはおらず、工場はすぐ廃墟になった。

オスマン帝国は、軍事技術以外にはヨーロッパに無関心だった。それは、イスラムの考え方「キリスト教の教義の中で真理だったものはイスラム教に組み込まれている。イスラム教にないものがキリスト教に含まれているとすれば、それは誤りだからだ」が影響しているのかもしれない。

オスマン帝国は、最盛期を過ぎた後、自らがヨーロッパに遅れをとっていることに気がついていて、ちゃんと手も打っていたんですね。でも、ベースとなる財産権が確立していない中、技術や工場を輸入しても意味をなさなかった。著者のこの、まずは財産権などのベースがないと経済的発展はありえないという主張は、現在の発展途上国援助についても同様に述べられています(後述)。


ラテンアメリカ

イギリスの植民地だった国々が今日繁栄していることが多いのに、スペイン・ポルトガルの植民地だったところは、政治的・経済的に困難を抱えているケースが多い。これは、スペインの財産権制度がどれほど未熟で、植民地支配がどれほど収奪的だったかを示している。これは現在にも影響を与えている。例えば、経済学者エルナンド・デ・ソトは、ペルーの首都リマでは728の手続きを経ないと正式に住宅を購入できないと報告している。このような状態では、銀行は土地を担保に資金を提供することが難しくなる。

たしかに、「元イギリスの植民地」と「元スペイン・ポルトガルの植民地」ではその後の経済的発展に差が出ているような気はします。しかしアフリカの「元イギリスの植民地」スーダンやケニアはどうか。そう考えると、「貧困の終焉」で言われていた地理的要因の影響はやはり大きいのでは、という気がします。



以後は本書の第3部から。

自己表現と民主主義の相関

ミシガン大学のロナルド・イングルハートとブレーメン国際大学のクリスチャン・ヴェルツェルは、「生存/自己表現」*1調査の得点と民主的な政治制度の強さとの関係を調べたところ、強い正の相関関係を見いだした。

この相関関係を調査時期に時間差を設けたところ、「生存/自己表現」の高得点が、民主主義の強さをもたらすことがわかった。つまり、さまざまな権利を持ち、自分で自分の振る舞いを律し、さらに自分の行動を決められる人は、民主主義を強化するのである。政治が民主化すれば、国民が自律心を強めるわけではない。

ちなみに、この研究からは、「生存/自己表現」の高得点は、資産状況と正の関係があることもわかっている。つまり、豊かさが「生存/自己表現」の高得点をもたらし、民主主義につながるということだ。

主に歴史と経済を扱っているこの本に、マズローの説をリンクさせるところが非常におもしろく感じました。

まず自己表現、それから民主化ということですが、この説を読んで思い出したのはロシアと中国(この本の中でも引き合いに出されていました)。ロシアは順番を逆にしてしまったのか。中国は近い将来民主化するのか。そんなことを考えてしまいます。


発展途上国の支援-道路の前に裁判官?

豊かさが前述の4要素(「私有財産権」「科学的合理主義」「資本市場」「迅速で効率的な通信・輸送手段」)があってはじめて成立することを考えると、発展途上国の支援を行う際に重要なのは、道路・診療所・ダムを作る前に、まず裁判官や弁護士を訓練すべきなのだ。

なるほど、とは思いますが、極端に貧しい地域では、人々が裁判官や弁護士になるための勉強を続ける前に疫病や飢えで死んでしまったりすることも多いように思います。そう考えると、極端に貧しい地域はやはり別のアプローチをすべきかな、と素人は思ってしまいます。ただ、制度面の重要性は理解できます。発展途上国にもいろいろな経済発展段階の国がありますから、その段階によっては、「まず裁判官や弁護士」というやり方は有効かもしれません。



以上、いろんなつっこみは入れましたが、この本が今までにない多くの視点や情報を提供してくれたことは事実です。私が一番驚いたのは、これだけ広範な事柄を扱っているこの本の著者が学者ではなく投資アドバイザーだということ。学者でもないのにいったいどうやってこれだけの知見を得ることができたのか。それとも投資アドバイザーというのはそこまでの知識が問われるものなのか。まあいずれにしてもたいしたものだと思いました。


2008年2月18日追記「『自由より成長』の危うさ」

今日の日経新聞朝刊に、「『開発独裁』よみがえる亡霊 『自由より成長』の危うさ」という見出しで、「民主化を急ぐより、多少の非民主的要素は大目に見て、政策を迅速に実行する方がいい」という流れが目立ってきたことを取り上げています。民主化が後退した国としてはロシア、キルギス、グルジア、ナイジェリアなど。フランシス・フクヤマによれば、購買力平価ベースの一人当たりGDPが8,000-10,000ドルのあたりで経済発展が民主化を促すのがこれまでの歴史の自然な流れだったとのこと。その流れが昨今は変わってきた、と記事にはあります。この「豊かさの誕生」で述べられている「自己表現、それから民主化」という考えにリンクしているので追記しました。

*1:この数値が高いとマズローの欲望ピラミッドの高いレベルにいることになり、人はそれだけ幸福といえるらしいです


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