庭を歩いてメモをとる

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白土三平「カムイ伝」(第一部)

お風呂の中で読みました。

カムイ伝 (1) (小学館叢書)

この作品をぬくぬくと風呂の中で読むなよ、という声が聞こえてきそうです。自分でもそう思います。江戸時代初期のとある藩を舞台にした階級闘争、人間賛歌の大ドラマ。学生時代に初めて読んだときは、子どものころ見たアニメから想像していたいわゆる「忍者もの」のイメージとの大きすぎるギャップにひっくりかえりそうになったものです。

それから約15年がたって、安楽の場で読みふけってもその衝撃は変わりませんでした。繰り返し描かれる食物連鎖のシーンを通奏低音に、まず人間の世界と動物の世界それぞれの「カムイ」の生き様を描こうとする。人間界では非人の子として生まれたカムイがそこから抜け出るために入った忍びの世界で、逆にその掟にとらわれ、ついには藩に伝わる「謎」を知ってしまったがために抜け忍になり追われる身となる。この不条理。動物界では一匹狼のカムイが大いなる自然の中でどのように生き残っていくのか。この過酷さ。

カムイ以上に「主人公」になっているのが下人の子正助。彼の機知と強靱な意志は、花巻村に綿作などの新たな経済の創出、農民社会と非人社会との融和、逃散などの危機脱出を実現させますが、これらはその努力という言葉では片づけられないほどの労苦と創意工夫の果てに、為政者・強者の「道具」と化せられてしまう。またしても壮大な不条理。

ここに、資本主義を体現させたかのように見せかけながら、単純に「悪」とも言い切れない謎の立ち位置を持つ商人夢屋など多数の登場人物が登場し、それらが生命力あふれる画によって緻密に、またダイナミックに描かれているのでものすごい読み応え。単行本21冊分ですが、普通のまんがの3〜4倍の濃度を感じさせられました。

このまんがが、そこに描かれている「思想」から、学生運動華やかなりしころバイブルとして崇め奉られたのもよくわかります。しかし、これはそんな一時期のブームやある方向の「思想」に絡め取られて去っていくだけの狭量な作品ではないですね。もっと深い普遍性という根をもった物語だと感じました。

たった一点だけ気になったのは、当時の風俗・制度についても大変詳しい解説があるリアリティ抜群の描写の中で頻発する外来語セリフ。「正助にはアリバイがありますだ」「蔵屋にとってもドル箱だからな」「うぬがボスだ」ううむ、なんとかならなかったのでしょうか。まあ些細なことではありますが。

しかしこれ、本当に完結するのかな。作者は現在70歳代半ばなのに、まだこの物語の全体の半分も描けていない模様。のうのうと半身浴をしながら失礼ですが、なんとか力を振り絞って完結していただきたい、と思います。あ、でもこの作品、未完のほうが似合うのかもな、とも感じます。きれいに割り切って完結したら、この作品の大事な何かが失われそうな気もするので。いずれにしても単純に割り切れるような作品ではないことだけは確かです。


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