庭を歩いてメモをとる

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ジェフリー・サックス「貧困の終焉」(1)

貧困の終焉―2025年までに世界を変える

まだ1月ですが、早速、今年末に「今年の収穫」に挙げるであろう本に出会ってしまいました。

発端は英語のレッスンでのアメリカ人の先生との会話。世界に存在するいろんな「格差」について、私が「銃・病原菌・鉄」を強力におすすめすると、逆に先生が薦めてくれたのがこの「貧困の終焉」。この本で、私は世界の貧困とその解決策について、今まで知らなかったことをたくさん知ることができました。以下にそのポイントを書きます。


1.貧困にもいろいろあるが、特に問題なのは「極度の貧困」である。

要は、「今は貧しいけれども経済成長の梯子に足をかけている地域」と「自力ではその梯子の最初の段にも足をかけられない地域」があるという整理。この整理は、個人的に非常に重要だと感じました。

具体例を挙げますと、まず前者はバングラディシュ。30数年前の建国当初は、世界最低レベルの貧困、極度の人口密度、飢餓、洪水などの深刻問題オンパレードだった国です。それが今や、一人あたりの所得は倍、平均寿命は44歳から62歳にと、驚くべき成長・改善が見られます。そのきっかけとなったのは、当地へのアパレル産業の進出。ここで、この国の女性は初めて自力で生活していく場を見つけたのです。子供を生んで(生まされて)育てるだけの役割しか与えられていなかった女性が、労働力となり、自分の人生を自分で決めやすくなり(まだ抵抗はあるのでしょうが、ましになった)、結果、出生率も下がってきた。これが、経済成長と生活環境改善の主な理由です。まだまだ彼女たちは、先進国に比べると劣悪と言える環境で働いていますが、それでも、「成長の梯子」に足をかけることができたのです。

彼女たち自身は満足な教育は受けられなかったかもしれませんが、少子化と収入確保に伴い、次世代は「よりよい」教育・環境を享受する可能性があるというわけです。

一方で、後者、つまり「極度の貧困」の例は、アフリカのマラウィに見られます。ここでは、農業が産業の中心ですが、貧しくて肥料などを買うお金がないので生産性が低く、自分たちが食べる分(あるいはそれ以下)しか作物を作ることができません。たとえ売る分ができたとしても、道路などのインフラがないので市場に出せない。さらに悲惨なことに、エイズの蔓延で大人の男性のほとんどが死に絶えてしまい、一人のおばあさんが15人の孫の面倒をみていたりします。このような状態では、生存を続けていくことすら困難。バングラディシュも貧困の中にあるのかもしれませんが、マラウィはレベルが違うって感じです。どちらもなんとかしてあげたいしするべきでしょうが、まず援助をすべきなのは、自力で成長することができない「極度の貧困」だ、と本書は説きます。ちなみにそれに該当するのは世界人口の約6分の1、約10億人だそうです。

個人的にも、冷徹な見方かもしれませんが、「同じ援助をするなら後者(極度の貧困)の解決」のほうがより援助のしがいがあるな、と感じています。前々から、もし何か、ささやかながらも手助けをするとすれば、「自分たちではどうしようもない」人々にそれを行いたい、と思っていたので(まだ何もしていませんが・・・)。


2.貧困は、限られた富を奪い合った結果だけでできたものではない。

著者ジェフリー・サックスは、もちろんその「奪い合い」を無視しているわけではありません。しかし、データが示すのは、ここ200年で、世界の富は急激に増えたという事実です。つまり、もともと100ある富を先進国が80ぶんどってしまったから貧困が起きたのではなく、もともと100だったのが、110になった地域もあれば1000になった地域もある(この数字はあくまで例えで、正確な対比ではありませんが)という話。

個人的には、いやいやこれまでの列強の搾取やそれが残した傷跡(植民地で単一の作物ばかり作らせていた影響が今も残る)など、影響は甚大なものだと強く思いますが、この本で述べられている次の2点、「実はアフリカも経済成長はしている。ただドナー国(比較的裕福で支援できる側の国)の成長はもっとあった。」ということと、「世界の富はゼロサムではない」という点は驚きであり、また希望を持たせてくれる指摘でした。そうじゃないと、貧困の唯一の撲滅方法は人口減、という話になってしまいますからね。


この本で他に知ったことや新たに疑問に思ったことなどはたくさんありますが、長くなるのでとりあえず今回はここまでにします。
(続きは2007年2月7日のメモに書きました。)



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