庭を歩いてメモをとる

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小熊英二「日本という国」(よりみちパン!セ 14)

増補改訂 日本という国 (よりみちパン!セ)


刊行告知がされてから1年以上待たされてやっと出たこの本。緻密で分厚い本で知られる著者が、この「中学生以上向け」のシリーズ*1でどんなふうに筆を進めるのか。内容はどうなのか。すべてが楽しみ。で、やっと今日読めました。


まず、「筆の進め方」ですが、「毎日つまらねえなあ。やってられねえなあ。まずは、そこから始めてみようか。」という冒頭の語りかけや、言葉のいいまわし、引用文献の現代語訳などはたしかに中学生に配慮している感じ。とはいえ内容の濃さは相変わらずで、個人的には「高校生以上向け」と言っていいと思いました。

わかりやすさはいつも通りでさすが、頭にすっと入ってくる文章です。そうそう、分量が彼の本にしては少ない点もすっきり感を増していますね。しかし、引用文献一覧はつけてほしかった。

あと、最後に「もっとくわしく知りたい人は、私の書いた「<民主>と<愛国>」という本を読んでみるといい。かなり厚くて高い本だけど、読みにくい本ではないし、きっとためになると思う。」と書いていますが、いやおっしゃるとおりなんですけど、あれを最後まで読める中学生って何人いるのかな、なんて思ってしまいました。約1000ページ、しかも緻密で読むのにエネルギーが必要ですからね、あの本・・・


そして「内容」について。日本という国の「作られ方」について、明治と戦後のふたつの時代について書かれています。前者では福沢諭吉の思想と学歴社会の成立について。「学問のすゝめ」が富国強兵のためのものだったことや「脱亜入欧」*2などについての記述が中心ですが、個人的には、福沢諭吉が尾崎行雄に対して鼻毛を抜きながら「(本は)猿に見せる積りで書いているが、世の中は丁度それでいゝのだ」と語った話や、アイヌは遺伝的に能力が劣るからどんなに努力しても慶應義塾の教員にはなれないなどと書いていたという細かいエピソードの方が印象的でした。あと、日清戦争の賠償金が当時の日本の国家予算の4倍にもあたる額で、そこから教育基金がつくられ、小学校の授業料が廃止になっていくきっかけになったこと、そうした理由の一つに、教育を広く行き渡らせると戦争に役立つことが日清戦争でよくわかったこと(読み書き計算のできない兵隊では近代戦で通用しない)というのも「なるほど」という感じです。


戦後については、現在世の中で議論がかまびすしい話題に直結する内容で、このあたりに詳しくない私には非常に勉強になりました。

まず憲法第9条について。もともと、アメリカにとって日本に再軍備をさせないためのものだったこの条文が、冷戦が始まってから邪魔になってきたこと。だから、三島由紀夫でさえ、憲法を改正するのは「アメリカの思ふ壺」と語っていたということ。

アジア諸国への戦争損害賠償について。アメリカが、日本を経済的に安定させアジアの反共の砦とするべく、アジア諸国に圧力をかけて日本への賠償額を値切らせたことや、その値切った賠償金ですらも、当時のアジア諸国に多かった独裁政権が自分たちのために使ってしまい、結果的に被害者である国民に賠償金がほとんどまわらなかったこと。そのこともあり(そのことだけではないと思いますが)、諸国の国民たちが今も「払い終わった」はずの賠償に納得していないということ。これに対し、日本政府は「外交的には解決済み」と主張していること。これらは一応知っていましたし、このことに日本政府・アジア諸国政府・アメリカの各国がどう対処していくべきなのかは自分自身まだ考えがまとまっていません。でも、この流れにおいて、日本政府のロジックに弱みがあることはこの本で知りました。1956年、日本政府はソ連に対しシベリア抑留問題について賠償請求権を放棄させられた(外交的に解決させられた)のですが、1991年になると「(抑留被害者の)個人の賠償請求権は放棄していない」と主張し始めたそうです。うーむ。

在日米軍について。ドイツでは約半分、韓国では約3分の1の米軍が撤退することが決まっているのに、在日米軍は減っていません。1995年、アメリカのロード国務次官補が語ったところによれば「在日米軍の基地は、駐留経費の約7割を日本政府が負担しているから、米国内に置くよりも日本に軍隊を駐留させる方が安上がりになる」からだそうです。2003年のアメリカ国防総省報告によれば、駐留米兵一人あたりの出費は、日本12万ドルに対しドイツ1万ドル、韓国2万ドルとのこと。いいのかこれで。

その他にも、靖国問題、自衛隊問題などについても書かれており、それぞれについて基本的な情報を整理でき、私にとっては勉強になった一冊でした。


小熊さんは、この本の結びで、こう語っています。

戦後の日本の外交は、ごくごくおおざっぱにいえば、アメリカとの関係さえよくしておけば、アジア諸国との関係は何とかなる、というものだったといえなくもない。しかしそれは、冷戦の時代に、アジア諸国がアメリカを中心とした「西側陣営の団結」の名のもと、親米独裁政権に支配されていた時期の方法だ。そんなやり方が、これからも通用するのだろうか。

(中略)

さあ、これで話はおしまいだ。これからの「日本という国」をどうするのがよいか、それは君自身が考えてほしい。

他の著書と同様「分析に比べ結論が弱い」締めですが、この本に限ってはこういう終わらせ方は大いに意義のあるものだと感じました。この問いに対して自分自身の答えを見つけるには、小熊さんと反対の意見、違う意見を持つ人たちの意見を読んでから決めたいと思っています。

*1:この「よりみちパン!セ」、ラインナップといい著者といいなかなかそそられるシリーズです。

*2:17日月曜の日経朝刊の社説がこの言葉と今後の日本の外交について述べていて、あまりにこの本の内容とかぶっていたのでちょっとびっくりしました。



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