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井上 恭介・藤下 超「なぜ同胞を殺したのか―ポル・ポト 堕ちたユートピアの夢」

なぜ同胞を殺したのか―ポル・ポト 堕ちたユートピアの夢

カンボジアのポル・ポト派政権のやったことは、本当に不可解です。自国民150万人を死に至らしめる政治。この数字には諸説ありますが、人口の数分の1を死に追いやったのは間違いないと言われています。古今東西、自国民をここまでの割合でなきものにした政権ってちょっと思いあたりません。

眼鏡をかけていたら「知識人」なので処刑(ちなみにポル・ポトは、フランス留学経験のある知識人)、芸術家も死刑、当然医者も処刑、代わりに医者になるのは子ども(そのため、子どもが医者のまねごとをすることになり、治る病気も当然治らなかった。椰子のジュースで点滴する例もあった)。芸術も禁止、家族も解体。都市在住者は「階級の敵」なのですべて農村に移住(このため、首都プノンペンは人口200万人だったが完全な無人になった)。労働には機械を使ってはいけない。朝4時から夜10時まで働かせることもある。作った作物はすべて取り上げる(したがって飢餓が蔓延)。これらの「革命」をなぜ行うかの説明はしない。この「革命」がうまくいっていない?それは政策が悪いのではなくベトナムのスパイがいるからだ。敵を密告であぶり出せ(知人・家族間でも密告が頻繁になり多数が処刑された)。泣いてはいけない、泣くのは今の生活を嫌がっているからだ。笑ってはいけない、笑うのは昔の生活を懐かしんでいるからだ。 − これらすべてが何を意図していたのかよくわからないし、「思いつく限りの最悪な政治を想像してみて」と言われても出てこないくらいですが、さらに謎なのはなぜこれを自国民の間で行ったのか、というところです。

その疑問をストレートに書名にした本を見つけたので読んでみました。NHKの番組制作の結果生まれた本で、学者や研究者とは違う素朴で誠実な取材に好感を持ちましたが、結論からいうと、やはり謎は謎のまま。むしろその謎を深めるようなインタビューが収録されていたので要約の上引用してみます。

ケン・バンサク(元カンボジアからパリへの留学生、今もフランス在住。ポル・ポトらを社会主義に引き込むが、自らはカンボジアの政治に参加しなかった)
「ポル・ポトは穏やかでおとなしい奴だったのに」「(ポル・ポトは)ビリヤードばかりしていた」「どこでどう間違ったんだろう」
ケ・ポク(ポル・ポト時代、中部行政地域のトップ)「日本の明治維新がモデルだった。ポル・ポト時代を明治維新になぞらえていた」

本当にどこでどう間違ったんだろう。不可解で、恐怖を感じます。この政権はほんの30年前に実在していたのですから。しかし明治維新になぞらえたって言うけど・・・


その他、1999年当時のポル・ポト派の元幹部への貴重なインタビューがありましたので引用します。

NHK「(政権獲得後すぐ)プノンペン市民を強制退去させた目的は?」
イエン・サリ(ポル・ポト時代の外務大臣)「ひとつはアメリカの爆撃を恐れたこと。もうひとつは、都市を完全に一掃してから政権を握らないと、暴動が起きて権力を奪われる恐れがあったから」

前者はともかく、後者は、彼らの政治が何のための政治なのか当初から普通ではなかった点を示しているようです。

NHK「なぜ農村の飢餓を放置したのか」
イエン・サリ「自分は精一杯努力した・・・悪いのはポル・ポトだ。・・・しかし移動させた住民を殺すつもりはなかった。あんなことになったのは、・・・旧人民が新人民にむちゃな命令をしたから」

裁判前とは言え、人のせいにしてばかりという印象。

元サハコー(共同体)長「米の生産目標は1ヘクタールあたり3トン。堤防やかんがい施設を作るのも3トン、魚や肉をとってくるのも3トン、木を切ったりするのも3トン」

何も考えていなかったのでしょうか。

NHK「ダムや水路の建設で、多くの人が命を失ったではないか」
ケ・ポク「私の工事現場ではそんなに死んでいない」

「そんなに」って・・・


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