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謎解きの果てに感じる人間の精神の自由さと力強さ - 米原真理「オリガ・モリソヴナの反語法」

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)

先日読んだ「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」が面白かったので、次も、作者が同じこの本を読んでみました。

1960年代前半、つまり10代前半のころチェコのソビエト学校に通っていた日本人の主人公が、1990年代になって当時の想い出の人物を探す・・・という物語の骨子は「アーニャ」と基本的に同じです(もう少し細かいあらすじは表紙の画像をクリックしてアマゾンのものをご参照ください。)。しかしこの「オリガ」は、「アーニャ」に比べずっとスリリングでかつ重厚、フィクションなのにノンフィクションである「アーニャ」よりずっとノンフィクションっぽい。そして何より、圧倒的な「迫力」を持っています。

これはひとえに、スターリンの恐怖政治に人々がどれほど軽く弄ばれたのかを重くつぶさに描いているからだと思います。真実の持つ力がなせるわざ、とでもいうのでしょうか、小説とは思えない迫力です*1。「オリガ」で描かれている果てしなく理不尽な出来事といったら・・・スターリン時代、多くの人々が理由もなく粛清されていたということくらいは知っていましたが、それがどれほどのものだったかを、鈍器で殴られるような感覚を持って知りました。*2

しかも、この作品では、スターリン時代に加害者側だった人物もまた悲劇的な最期を向かえているという点もきちんと描いています*3。このことで、この壮大な「実験」あるいは「狂気」の虚しさを浮き彫りにしていて、深みを増しています。ただ単に被害者側の悲劇を描くだけでは、粛清を深く感じ取ることはできなかったでしょう。

こんな重すぎる内容を扱った作品ではあるのですが、物語が謎解きと並行して進み、しかもそのテンポがスリリングなため、ぐいぐいと最後までひっぱられる仕組みになっているところも見事でした。だから、悲劇を描いた作品なのに読んでいて「おもしろい」し、やめられない。真実と物語の「おもしろさの両輪」にひっぱられる感覚が「快感」でした。

そして最後に、本書のこの奇妙なタイトルに込められたメッセージがわかったときには、生きていく上での力を得られたような感覚がありました。人間の精神の自由さ・力強さを受け止められたような気持ち。*4。重々しい話なのに、最後の最後でこんな思いを抱かせる仕組みにもやられました。

この本がきっかけになって、早速スターリン時代について書かれた本を読み始めています。この本から受けた影響からはしばらく逃れられそうにありません。

*1:「アーニャ」でも、かつての社会主義政策の矛盾や悲劇をある程度は描いておりそれはそれで考えさせられるのですが、それよりも「チェコのソビエト学校にいた日本人」というどこかしら非日常的な日常に力点が置かれているので、「オリガ」よりもフィクションっぽい雰囲気が強く感じられる気がします(もちろん、だから「オリガ」のほうが「アーニャ」よりずっと優れている、とは言えませんが。)

*2:個人的には特に、寒い最中にシベリアでの悲惨すぎる仕打ちを読むのはまさに身を切られる感覚でした(こう書くとふざけているように思えるかもしれませんが、本当につらかった。自分の想像しているつらさが実際の何万分の1だとはわかっていても。)

*3:ほとんどの加害者は、多分現代でも年金を受給したりして平和に暮らしているようなんですけどね。ナチスの戦犯は裁かれているのに・・・との記述がこの作品にもありました。

*4:そうそう、あと、女性って強いなあって、改めて思いましたね。思い返すと、この小説の主立った登場人物は女性がほとんどです。そしてみんな強い。すがすがしい。



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