庭を歩いてメモをとる

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東京の「ポール・マッカートニーの木」

※ 大阪教育大付属池田小学校で起きたあの悲惨な事件以来、部外者は小学校へ入ることができなくなりました。ここでご紹介している小学校も例外ではありません。以下は、あの事件が起きる前の記録としてお読み下さい。


「ポールの木」とは?

ポールは、これまで4回東京を訪れています。まず最初は1966年、言わずとしれたビートルズとしての来日。たった4日間だけの滞在でした。次は1980年、今度はウイングスとしてやってきて、たくさんのファンを相手に日本の各地で公演を行うはずだったのですが、結果は拘置所で数人の「仲間」に「イエスタデイ」を歌う羽目になってしまっています。3回目と4回目は1990年と1993年、無事税関を通って、それぞれ20万人以上の待ちわびたファンにコンサートを行いました。このうち3回目の来日で、彼は東京のとある小学校の校庭に植樹したのです。


He Gave Us the Answer

私はこの木を見に行くのに、数人のポールファンをお誘いしました。1993年のオーストラリア・メルボルンでのポールのコンサートで知り合った方々です。私たちは水道橋(東京ドームの最寄り駅)で落ち合い、日本のポールファンの間では「ポールの木」のある小学校へ向かいました。実はこの小学校、最近の小学校統廃合でポールが訪れた当時とは校名が変わっていたようでしたが、私たちはなんとかその小学校を見つけることができました。水道橋駅よりは、地下鉄丸の内線の本郷三丁目駅からの方が近いようです。

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小学校の正門。ちなみにここの校歌は、中田喜直(「夏の思い出」などで有名)の作曲でした。歴史のある学校なのでしょう。
この日は土曜日でしかも学校が休みの日のようで、校内は静かでした。小学校の西門(正門)をくぐり、建物に入ってすぐ左にある「主事室」に入ると、用務員さんらしき方がいらっしゃったので、私たちの訪問の目的をお伝えすると、どうも同じ目的を持った「同志」が多いようで、すぐに用件を理解して下さり、「ポールの木」の場所を教えて下さいました。


子どもたちとともに

「木」のある場所は校内のグラウンドの端でした。グラウンドには、サッカーをしている数人の子どもたちがいます。私たちがグラウンドに入ったとき、彼らは言いました。「あ、ビートルズが来た」・・・子どもたちにとっては、ビートルズファンもビートルズも同じのようです。

それはともかく、「ポールの木」はすぐ見つかりました。

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校庭

「ポールの木」は、季節柄葉が一本もついていませんでしたが、予想以上に大きく育っていました。9年の「学校生活」を経て、この木はしっかり根を張ってたくましく生きているようです。ポールが日本に残した足跡が、モニュメントのような無機質なものではなく、このような「成長するもの」であってよかった。この木を見てそう感じました。


ポールの木

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木の根本にあったプレート

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「ポールの木」とプレート


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